広島高等裁判所第1部(多和田隆史裁判長)は、本年10月4日、商標権侵害罪の刑法上の性質につき、抽象的危険犯にあたるとの判断を示しました。

ポイント

骨子

本件では商標権侵害罪の成否が争点となりました。被告人・弁護人は、使用された商標は自他商品識別機能や出所表示機能をはたしておらず、商標権侵害罪は成立しないと主張しましたが、判決は、概要以下のとおり述べて、商標権侵害罪は抽象的危険犯であって出所の誤認混同ないしその恐れは構成要件ではないとの判断を示しました。また、同時に、商標の機能を害する恐れがなく、民事上も実質的に違法性を欠くと評価されるような場合には、例外的に犯罪の成立が否定されることも示しました。

  • 法78条の商標権侵害罪は、法2条3項、25条等のほか、みなし侵害行為の法37条、78条の2等の関連規定から、登録商標を無権限で指定商品に使用するなどの行為を処罰するものであることは文理上明らかであり、需要者が商品の出所を現実に誤認混同したことや、その誤認混同の恐れは構成要件の要素ではなく、いわゆる抽象的危険犯である。
  • 商標の機能を害するおそれがなく、民事上実質的に違法性を欠くと評価される真正品の並行輸入のような事例では、刑事上も、構成要件該当性を欠くか、違法性がないとして犯罪が成立しないとされることはあり得ると考えられる。

 

判決概要

裁判所 広島高等裁判所第1部
宣告日 平成28年10月4日
事件番号 平成28年(う)第73号 商標法違反被告控訴事件
裁判官 裁判長裁判官 多和田 隆 史
裁判官 杉 本 正 則
裁判官 内 藤 恵美子
商 標 「Yuyama」(商標登録第1685481号)
「yuyama」(商標登録第5488876号)
原 審 山口地裁岩国支判平成28年3月18日

 

解説

商標権侵害罪とは

商標78条は、商標権の侵害行為について、刑事処罰を求めることを認めています。商標権侵害罪の保護法益は、商標権者の信用や財産権といった私益に加え、流通秩序を守り、消費者や事業者の利益を保護するという公益も含まれます。

他の産業財産権の侵害罪との比較における商標権侵害罪の特質

平成10年の法改正まで、特許権、実用新案権、意匠権といった他の産業財産権の侵害罪は親告罪とされていました。これらの罪を処罰するのは、権利者の私益を守るためなので、被害者からの告訴があって初めて取り締まることができることにしていたのです。

他方、商標法1条は、「この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする」と規定しており、法目的として需要者の保護を明示しています。これを受けて、商標権侵害罪も、権利者の信用保護という私益に加え、流通経済における混乱を避け、消費者・需要者を保護するという公益の保護も目的とするものと解されるため、従前より非親告罪とされていました。

また、侵害の成否に高度な技術的知見を要求される特許権侵害と比較すると、模倣品などの商標権侵害の成否の判断には、多くの場合、大きな困難を伴いません。

これらの点で、商標権侵害は、他の産業財産権の侵害と比較して、刑事的な規制になじみやすいものといえます。

抽象的危険犯とは

抽象的危険犯とは、法益侵害に対する抽象的な危険の存在だけで犯罪の成立を認める犯罪類型をいいます。

一般に、犯罪は、保護法益が具体的に侵害されたときに成立します。例えば、殺人罪が成立するためには、現に人の生命が奪われたか(既遂)、仮に生命を取り留めたとしても、死が現実的であったこと(未遂)が必要で、殺人の凶器となる拳銃を空に向かって発射しても、それだけでは殺人罪は成立しません。

これに対し、危険が生じただけで犯罪が成立することとされている犯罪類型を危険犯といい、危険犯は、さらに、具体的な危険の発生が要求される具体的危険犯と、抽象的な危険の発生で足りる抽象的危険犯に分かれます。ある行為を危険の発生だけで処罰するのは、危険性のある行為をなるべく前倒しで予防するためで、中でも抽象的危険犯は予防的効果が強いといえます。

抽象的危険犯の例

抽象的危険犯の具体例として、現に人の住居に使用されている建物への放火罪である現住建造物放火罪があげられます。同罪は、殺人罪と同等の死刑、無期または5年以上の懲役が定められていますが、その成立には、人の住居に使用されている建物に放火することだけで足り、放火の時点で現に建物に人がいたことは要求されません。つまり、留守中の建物に放火し、人の生命身体に対して具体的な危険がなくとも、殺人罪と同等の重さの犯罪が成立するのです。
これは、住居への放火という行為の危険性を考慮したものと考えられます。

事案の概要

本件では、薬局で用いられる薬剤分包装置に装着される薬剤分包用ロールペーパ―についての商標権侵害が問題となりました。薬剤分包用ロールペーパーは、樹脂製の芯管に薬剤分包紙を巻き付けた製品で、芯管には登録商標が付されていました。

被告人は、使用済みの芯管を薬局などのユーザから集め、自ら薬剤分包紙を巻き付けて販売していましたが、芯管に登録商標が付されていることから、商標権者の登録商標が付された商品を販売していたことになるため、商標権侵害罪の成否が争われました。

なお、同じ態様の行為が特許権侵害・商標権侵害に問われた事案の民事訴訟判決(大阪地判平成26年1月16日)が存在しますので、侵害行為の詳細はそちらをご参照ください(注・当該民事訴訟判決の被告と、本件刑事事件の被告人らとは異なります。)。

争点

本件の主要な論点はいわゆる商標的使用の成否で、被告人らは、本件のロールペーパー製品の顧客は非純正の巻き直し品であることを認識していたことなどを前提に、本件における商標の使用態様では自他商品識別機能や出所表示機能を発揮しえないから商標的使用に該当しない、として犯罪の成立を争いました。

これに対し、原判決(山口地裁岩国支判平成28年3月18日)は、概要、①顧客から預かった芯管そのものに分包紙を巻き付けてその顧客に納品するという1対1管理方式を採用しておらず、顧客から事前に芯管を送ってもらうことなく販売した事例もあったこと、②被告会社のウェブサイトやダイレクトメールには非純正品の表示があったものの、本件製品や包装には打消表示がなかったこと、③顧客は本件製品を薬剤分包装置にセットする際に芯管に付された商標に目を向ける可能性が高いこと、④販売地域が全国に及び、被告人らによる出所の周知徹底や転売可能性の排除は困難であった上、注文者以外の薬剤師が使用する可能性もあったこと、⑤本件製品を真正品と併用していた顧客もいたこと、などを認定し、自他商品識別機能や出所識別機能を果たしているとして、商標権侵害罪の成立を認めました。

判決の要旨

判決は、まず、上記論理で商標権侵害罪の成立を認めた原判決の結論に誤りはないと述べ、その上で、以下のとおり、商標権侵害罪は抽象的危険犯であるとの考えを示しました。

法78条の商標権侵害罪は,法2条3項,25条等のほか,みなし侵害行為の法37条,78条の2等の関連規定から,登録商標を無権限で指定商品に使用するなどの行為を処罰するものであることは文理上明らかであり,需要者が商品の出所を現実に誤認混同したことや,その誤認混同の恐れは構成要件の要素ではなく,いわゆる抽象的危険犯である。

また、この考え方のもと、判決は、例外的に犯罪の成立が否定される場合について、以下の判断を示しました。

もっとも,商標の機能を害するおそれがなく,民事上実質的に違法性を欠くと評価される真正品の並行輸入のような事例では(最高裁平成15年2月27日第一小法廷判決・民集57巻2号125頁参照),刑事上も,構成要件該当性を欠くか,違法性がないとして犯罪が成立しないとされることはあり得ると考えられる。

以上をもとに、判決は、以下のとおり、本件においては構成要件該当性及び違法性が認められると述べました。

本件の各行為についてみると,・・・構成要件該当性はいずれも明白であって,本件製品に本件登録商標の出所識別機能を発揮していないことが明らかな態様での打ち消し表示がされているなどの特段の事情も認められない以上,違法性を優に肯定できる。

最後に、判決は、以下のように述べ、原審で認定された事実は犯罪の成否に影響しないと述べました。

原判決のいう1対1管理方式がとられていたかどうか,訴因記載の譲渡の相手方が商品の出所を誤認していたかどうか,譲渡行為以降の実際の需要者が誰であり,その者が商品の出所を認識していたかどうか,譲渡後に当該商品が他に転売される可能性があったかどうか,広告宣伝や取引の際に非純正品であることが告知されていたかどうかといった事情は,本件において,犯罪の成否に影響しないというべきである。

 

最後に

本判決は、抽象的危険犯という考え方を介して、商標権侵害罪の成立範囲を、民事訴訟の商標権侵害の成立範囲と整合させるものと考えられます。その背景として、知的財産権侵害については、刑事事件よりも、民事事件において裁判例による解釈論が蓄積されていることが考慮されたのかもしれません。

民事上の商標権侵害における、いわゆる商標的使用の成否については、近年、商標機能論から判断されるのが一般化した一方(東京地判平成16年6月23日「ブラザー事件」等)、自他商品識別機能をはじめとする商標の機能を果たしているかどうかの判断は抽象化されたものであり、具体的な誤認混同の証明が求められるわけではありません。むしろ、そのような証明を求めると、登録制度の意味が失われることになりかねません。つまり、単に商品を購入する者が模倣品であることを知っていたからといって、商標権侵害が否定されることはなく、この意味において、抽象的危険犯という考え方は、民事訴訟における侵害認定の実態に近いもののように思われます。

他方、本判決が構成要件該当性または違法性を欠く例として引用しているのはいわゆる並行輸入の事例であり、商標的使用の成否との関係において判決の射程が明確に示されたわけではありません。民事上実質的違法性を欠くとされる場合には刑事上も犯罪の成立を否定する趣旨と思われるものの、その限界が示されたわけではなさそうです。

また、「本件において」すなわち「構成要件該当性はいずれも明白であって,出所識別機能を発揮していないことが明らかな態様での打ち消し表示がされているなどの特段の事情も認められない」状況において、との限定はあるものの、誤認混同の可能性に関する具体的な事情は関連性のない事実と位置付けられているため、「特段の事情」がある場合に、これらの事実がどのように評価されるかという点についても未知数といえます。

具体的な事案を見ると、本件の事実関係のもと、民事の侵害訴訟で自他商品識別機能や出所表示機能が否定されることはないと思われます。また、商品の品質に最も大きく影響する薬剤分包紙が非純正品であるため、品質保証機能の観点からも問題のある使用態様といえるでしょう。本判決が引用する最判平成15年2月27日(フレッドペリー事件)でも、並行輸入を適法と認める要件の一つとして、権利者による品質管理の可能性が適示されているところです。そのため、本件は、結論において、商標権侵害を認めるのが妥当な事案と考えられます。

他方、一般的に、民事と刑事で商標権侵害の成立要件の関係をどのように考えるか、抽象的危険犯という考え方を用いることによって犯罪の成否がどのように画されるのか、また、上述の他の知的財産権と商標権の性質の相違などにも鑑み、他の知的財産権の侵害罪についてどのように考えるか、といった問題は興味深く、本判決はその参考になるものと思われます。

(平成29年7月9日追記)
山口県警による捜査時の公表資料へのリンク

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(文責・飯島)