経済産業大臣は、平成28年2月22日告示により、職務発明の予約取得にかかる相当の利益の定めに関し、「特許法第35条第6項に基づく発明を奨励するための相当の金銭その他の経済上の利益について定める場合に考慮すべき使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況等に関する指針」を公表しました

 

ポイント

指針の位置付け

平成27年改正特許法(平成27年法律第55号・平成28年4月1日施行)は、企業などの使用者が、社内規程などに基づいて従業者の発明を承継・取得した場合に、従業者に「相当の利益」を与えるべきことを定めました(同法36条4項)。

しかし、何をもって「相当」とするかについて、特許法は、定量的な評価指針を提供していません。特許法が定めているのは、相当の利益の基準を定めた社内規程を置く場合には、基準策定時の協議の状況、基準の開示状況、基準適用時の意見聴取の状況といった3つの状況を考慮して、社内規程の適用による利益の付与が「不合理なものであってはならない」ということのみです(同条5項)。

このような抽象的な規定だけでは、適正な制度運用はおぼつかないため、平成16年の特許法35条改正時に特許庁によるガイドラインが設けられました。平成27年改正特許法は、さらに一歩踏み込んで、経済産業大臣に対し、「不合理」か否かの判断に際し上記の3つの状況をどのように評価するかについて指針を示すことを義務付けています(同条6項)。

今般公表された指針は、この改正特許法の規定に基づいて定められたもので、内容的には、従来以上に手続的適正に軸足を置いたものといわれています。

 

実務ポイント

職務発明の対価請求において、手続面について詳細な検討を加えている近年の裁判例を見ても、今般の指針は、今後の不合理性認定の重要な指標となることが予想されます。そのため、現在の社内手続が指針の考え方から乖離していないことを確認することは有意義であると考えられます。

 

解説

「相当の利益」とは

現行特許法は、企業内発明であっても、特許を受ける権利は原則として発明者個人に帰属するものであるとの考え方に立ち、使用者がその権利を承継・取得した場合には、発明者に対し、見返りとして、「相当の利益」を与えなければならないものとしています。

「相当の利益」という言葉は、平成27年改正によって新たに導入されたものですが、それ以前の35条3項に規定されていた「相当の対価」の内容を拡大したもので、金銭以外の利益を付与することも可能になりました。具体的には、昇給を伴う昇進や、留学などが「相当の利益」に含まれるものと考えられています。

 

「相当」性をめぐる問題

しかし、何をもって「相当」とするかについて、特許庁は定量的指針を設けておらず、その認定には困難が伴います。そのため、ノーベル賞受賞者である中村修二教授による対価請求訴訟を代表例として、数多くの紛争を生んできました。

近年は、特許の実施による売上を基礎に、その特許の独占力が寄与したことによって得られた超過売上を求め、これに仮想実施料率(仮にライセンスしていたら支払われたであろうロイヤルティのレート)と発明者の貢献度を掛け合わせて相当の対価を算出する実務が確立し、また、各掛目の相場もある程度形成されてきました。今般の法改正で導入された「相当の利益」についても、金額が争点となる場合には、同様の計算手法が踏襲される可能性が高いものと思われます。

それでも、実際の案件ではさまざまな要素が絡み合うため、具体的な金額を認定することは必ずしも容易ではありません。

 

「相当の利益」の認定に関する特許法35条の構造

このように、しばしば困難を伴う相当性の認定ですが、平成16年改正特許法35条は、「相当の利益」の認定をふたつの場合ないし段階に分けて規定しました(混乱を避けるため、条文は、現行法のものを紹介します。)。

1つ目は、企業内に「相当の利益」の基準が存在する場合です。この場合について、特許法は、「どのように相当の利益を算定するか」ではなく、以下のとおり、社内基準ないし基準の適用の「不合理」性を問う規定を置いています(現35条4項)。

契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合には、相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない。

例えば、発明者が、社内基準によって支払われた発明の対価の額を不服として「相当の利益」の支払いを求める訴訟を提起した場合、裁判所は、当該基準に基づいて相当の利益を与えることが不合理でないかということを判断することとなり、不合理でないと認められれば、使用者の決定を尊重することとなります。要するに、その場合には会社の主張が認められ、発明者からの請求は棄却されることとなります。

この「不合理」性判断の要素として列挙されているのは、基準策定時の協議の状況、基準の開示状況、基準適用時の意見聴取の状況などの手続的事実となっています。つまり、特許法の考え方として、対価の決定に至る手続が適正であれば、支払われた金額いかんにかかわらず、「不合理」とは認められにくいといえます。つまり、平成16年改正法のもとでは、対価の決定が不合理でなければ、不確定要素の多い「相当の利益(対価)」の計算をする必要がなくなったのです。これは、事業活動の予測可能性維持に貢献するものといえるでしょう。

2つ目は、企業内に「相当の利益」の基準がないか、または、上記の規定に基づいて「不合理」であると認定された場合です。この場合には、以下の規定に見られるとおり、会社が決定した金額の是非が直接的に問題となり、会社が支払うべき金額を、会社の決定ではなく、法律が定める基準によって計算することとなります(現35条7項)。つまり、この場合には、会社の自主的決定は無視され、従来どおり、会社が発明者に支払うべき額を裁判所が決めることとなるのです。

相当の利益についての定めがない場合又はその定めたところにより相当の利益を与えることが第五項の規定により不合理であると認められる場合には、第四項の規定により受けるべき相当の利益の内容は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。

 

本指針の位置付け

事業活動における予測可能性という観点からすると、社内規程に基づく支払いが「不合理」と認められることはリスクと言えます。仮に「不合理」と認められれば、会社が発明者に支払うべき金額を、会社の意向とは関係なく裁判所が決定することとなってしまうからです。

もちろん、1件の発明だけの問題であれば、財務的な影響は限定的かもしれません。しかし、大企業などでは、社内に存在する特許権の数は夥しい場合があり、仮に、基準の策定協議や開示の状況に深刻な瑕疵があったとの理由で「不合理」の認定を受けると、他の従業者からの訴訟も誘発しかねませんし、そのような事態にまで至らなくとも、社内に大きな不満が生じる原因となりえます。こういったリスクを考えると、「不合理」との認定を回避することは、企業活動における自治を保持し、予測可能性を維持する上で重要性が高いといえるでしょう。

しかし、どのような場合に「不合理」認定を受けるかについて、特許法は、上述のとおり、3つの考慮要素を掲げるのみで、具体的に、これらの要素がどのように不合理認定に影響するのかは明らかにしていません。そこで、平成27年改正法は、経済産業大臣に対し、「不合理」認定に際し、基準策定時の協議の状況、基準の開示状況、基準適用時の意見聴取の状況をどのように考慮するかを示す具体的指針を策定することを義務付けたのです。

 

本指針の考え方と実務への影響

本指針と類似の指針は、平成16年に特許法35条が改正された際にも設けられました(旧指針)。平成16年改正法は、初めて、「不合理と認められなければ社内の自主的取り決めを尊重する」という現行法の思想を取り入れたものであり、そこでも手続重視の考え方は示されていました。今般の指針は、以前の指針を基礎としながらも、考え方をより手続重視に寄せるとともに、具体的な手続例を紹介しています。

平成16年改正法の適用をめぐっては、現在までに1件の訴訟の判決が公表されているに止まりますが(知財高判平成27年7月30日「野村證券事件」)、判決文からは、裁判所も、旧指針の考え方を尊重しているであろうことが見て取れます。今般の指針は、特許法に直接的な根拠を持つ指針であるため、裁判所としても、その考え方を一層重視するものと予想されます。今回公表された指針は、実務的にも重要な意味を持つものと考えるべきでしょう。

本指針については、パブリック・コメントを目的として、昨年秋に案文が公表されており、その後、特段の変更は加えられないまま、今般、正式の指針として公表されました。そのため、多くの企業においては、すでに内容が精査されているものと思われます。

しかしながら、本指針の重要性や、「不合理」認定をめぐる上述のようなリスクを考えると、現在の社内手続が指針案に照らして適正なものとなっているか、改めて確認することが望ましいと思われます。

なお、弊所弁護士は、これまでに100社以上の企業様のために職務発明規程の整備に関するアドバイスや紛争の対応をしてきました。お悩みのこと、ご不明のことがございましたら、お気軽にお問い合わせください。

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(文責・飯島)