大阪地方裁判所第26民事部(松阿彌隆裁判長)は、令和7年9月18日、平成27年改正特許法の適用を受ける職務発明の対価請求訴訟において、会社が定める発明考案に関する規定によって対価を支払うことが特許法35条5項に照らして不合理であるか否かとの争点につき、不合理ではないとの判断をしました。
特許法35条5項の不合理性判断をした裁判例はいまだ少数とみられますので、職務発明規程の制定・改定の場面でも実務上の参考となる裁判例として紹介します。
ポイント
骨子
- 認定した事実によれば、次のとおりいうことができ、これらのことからすると、本件規定及び本件細則は、基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見聴取の状況のいずれの観点からみても、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であるということはできず、むしろ合理的なものというべきである。
- 被告は、本件規定1及び本件細則1の改定にあたり、新たに公表された本件指針をふまえ、これに忠実な手続をとるべく、労働者の代表としての労働組合に対し、規定の内容を説明するとともに、質問にも応じていた。また、本件細則4への改定に当たっても、社内システムを通じて全従業員からの意見を募ったうえでこれを集約し再度の意見を募り、原告からの本件規定2の改定自体には関わらない個別の意見にも会社としてのスタンスを説明していた。このように、被告は、本件規定及び本件細則の内容説明、運用、改定等について、従業員への意見聴取及びこれに対する応答に関し、慎重かつ真摯、丁寧に当たっていた。
- 本件規定及び本件細則は、常時被告の社内システムに掲載されており、毎年の新人研修においても、報奨制度について説明をしていたものであって、また、改定にあっては全従業員に意見を聴取していることと相まって、会社として、開示、周知のために合理的な手段を講じている。
- 本件規定は、発明者からの報告を端緒として実績報奨金の審査をすべきことを定めているうえ、本件細則は、実績報奨に関し、事業部及び知的財産部が、当該特許の実績を客観的な指標をもとに数値化して評価し、特許発明の価値を段階的に把握してその等級を決するものであるところ(特級については、別途特級審査委員会の手続において発明者の意見が徴収される。)、事業部は、当該対象特許権の実施状況について発明者等から確認するなどとされており、その内容(特許実績評価シート)についても、発明者又は担当者において確認できる仕組みになっていること、各種報奨金の支払時においても、問い合わせないし意見聴取の窓口を案内していることからすると、発明者の意見を聴取する機会は相応に確保されている。
判決概要
| 裁判所 | 大阪地方裁判所第26民事部 |
|---|---|
| 判決言渡日 | 令和7年9月18日 |
| 事件番号 | 令和6年(ワ)第7193号 |
| 裁判官 | 裁判長裁判官 松阿彌 隆 裁判官 阿波野 右起 裁判官 西尾 太一 |
解説
職務発明に係る権利の帰属
我が国の特許法(以下「法」といいます。)では、企業において生じる職務発明につき、原則として発明をした個人が特許を受ける権利を取得すると解されています。
これに対し、職務発明[1]に限っては、契約又は職務発明規程等の勤務規則等によって、使用者が取得することをあらかじめ定めることができます(法35条2項の反対解釈)。
さらに、平成27年の法改正で導入された法35条3項によれば、使用者が契約又は職務発明規程等の勤務規則等で定めることを条件として、職務発明の特許を受ける権利を使用者が原始的に取得することができます。すなわち、発明者が取得した特許を受ける権利を承継するのではなく、発明が生じた時から使用者等がその権利者となることが可能とされています。
相当の利益の請求権
法35条4項は、以下のとおり、使用者が職務発明にかかる特許を受ける権利を取得したときは、発明者は、「相当の金銭その他の経済上の利益」である「相当の利益」を受けることができる旨規定しています。
4 従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において、第三十四条の二第二項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたときは、相当の金銭その他の経済上の利益(次項及び第七項において「相当の利益」という。)を受ける権利を有する。
かつては、職務発明についての報奨金の算定基準を社内規程などで定めていても、その額が当時の特許法でいう「相当の対価」に満たない場合には、その差額を請求することができると解されていました。
しかし、これでは使用者の立場は非常に不安定になるため、平成16年の法改正を経て、現行の平成27年改正法35条5項において以下のとおり、社内算定基準の策定から実際の支払いに至るまでの一連の手続に鑑み社内算定基準に基づく相当の利益の付与[2]が「不合理であると認められるもの」であってはならない旨が定められています。この規定の反対解釈により、不合理と認められる場合でない限り、社内算定基準に基づく経済的利益による相当の利益の付与が認められると解されています。
5 契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合には、相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない。
不合理性の判断
不合理性の判断要素は、法35条5項に示される以下の3つが主たるものとなります。
- 協議の状況(相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況)
- 開示の状況(策定された当該基準の開示の状況)
- 意見の聴取の状況(相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況)
これらの3つに限られないことは法35条5項の「等」の文言により示されていますが、協議、開示、意見の聴取を主とする手続面に着目した判断がなされます。
なお、法35条5項でいう協議とは、相当の利益付与の基準策定時の使用者・従業者間の協議を意味します。これに対し、意見の聴取とは、職務発明規程等の基準に基づいて個別具体的な職務発明に係る相当の利益の内容を決定する場合に、その決定に関して、当該職務発明をした従業者等から意見を聴くことを意味します。
このように法35条5項が定められているとはいえ、不合理性の判断基準は同条項の文言だけでは明確ではないので、法36条6項により、経済産業大臣が指針を定め公表することになっています。
6 経済産業大臣は、発明を奨励するため、産業構造審議会の意見を聴いて、前項の規定により考慮すべき状況等に関する事項について指針を定め、これを公表するものとする。
この規定に基づく指針は職務発明ガイドライン[3]などと呼ばれ、こちらから参照することができます。以下、職務発明ガイドラインを「本件指針」ということがあります。
不合理と判断された場合の帰結
法35条5項により社内規程等の定めによる相当の利益の付与が不合理と認められる場合や、そもそも相当の利益の算定基準が設けられていない場合には、法35条7項により、相当の利益の内容は、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情」を考慮して決定されることとされています。
7 相当の利益についての定めがない場合又はその定めたところにより相当の利益を与えることが第五項の規定により不合理であると認められる場合には、第四項の規定により受けるべき相当の利益の内容は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。
すなわち、社内規程等の基準は適用されず、もし訴訟となれば裁判所が法35条7項の基準に照らして相当の利益の内容を判断することになります。
職務発明規程を定める会社等にとっては、このような帰結になることが避けるべきリスクであり、そのためには法35条5項により不合理との判断をされないような規程策定・運用を目指すべきことになります。
不合理性の判断をした裁判例
法35条5項の不合理性の判断をした裁判例としては、平成27年改正の前の平成16年改正による法35条(当時は5項でなく4項)の適用事件ではありますが、知財高判H27.7.30・平成26年(ネ)第10126号[野村證券事件]があります。
野村證券事件の知財高裁判決では、職務発明規程に基づく支払いは不合理であると判断されました。その理由としては、規程策定後に入社した従業員に対し発明規程を確認することを求めただけでは「協議」があったといえないこと、「発明又は考案に関する規程」の開示はあるが対価の額等について具体的な定めがある「報奨金に関する定め」の開示があったと認められないこと、意見聴取や不服申立て等の手続は定められていなかったこと等が挙げられています。
事案の概要
原告は、平成30年4月1日被告に雇用され、同年9月1日から、物品搬送設備のシステム開発業務に従事しました。なお、原告は、令和5年4月30日、被告を退職しています。
被告は株式会社ダイフクであり、各種システム、ソフトウェア、無形商材、物品等の制作、製造、販売、その他サービスの提供等をその事業としています。
原告は、被告に雇用されている期間中に、物品搬送設備に係る本件各発明を他者と共同して発明しました。被告は、令和4年から5年にかけ、本件各発明を出願し、うち1件は特許登録され、その余は本件訴訟の口頭弁論終結時点において審査請求がされていますが特許査定はされていません。
被告は原告に対し、令和4年9月から令和5年5月にかけ、被告の規定に基づき本件各発明の出願報奨金を支払いました。また、被告は原告に対し、令和7年1月に、登録報奨金を支払うことの通知もしましたが、本件訴訟の口頭弁論終結時点において、原告から回答がなく支払いは未了となっていました。
このような状況において、原告は被告に対し、本件各発明に関する法35条4項に基づく相当の利益として5775万円の支払いを求め、本件訴訟を提起しました。
被告における関連規程の概要
原告が被告に雇用された当時、被告には「発明考案に関する規定」(以下「本件規定」といいます。)、及び本件規定に基づき定められた「実績報奨制度に関する実施細則」(以下「本件細則」といいます。)が存在していました。
本件規定は、令和5年(同年9月1日施行)、令和6年(同年12月1日施行)にそれぞれ改定されています(以下、改定の前後を区別するときは、順に「本件規定1」「本件規定2」「本件規定3」といいます。)。
本件細則は、平成29年(同年4月1日施行)、令和4年(同年6月1日施行)、令和5年(同年9月1日施行)にそれぞれ改定されています(以下、改定の前後を区別するときは、順に「本件細則1」「本件細則2」「本件細則3」「本件細則4」といいます。)。
本件の争点
本件の争点は以下の2つです。
- 争点1:本件規定により対価を支払うことが不合理なものであるかどうか
- 争点2:本件規定によらない場合の特許法35条7項の「相当の利益」の額
判決において裁判所の判断が示されたのは争点1のみですので、本稿では争点1を取り上げます。
当事者の主張
争点1について、原告は以下のような主張をしました。
- 本件規定は、原告を含む被告従業者に周知されておらず、かつ、内容も合理性を欠くものであるから、同規定によって対価を支払うことは不合理である。
- 本件規定1は原告が被告に就職する前に定められたものであり、原告の意見を聴取したうえで定められたものではない。
これに対し被告は、以下のような主張をしました。
- 本件規定及び本件細則はいずれも被告の社内システムで閲覧が可能であり、従業者に周知されていた。
- 本件規定1は、平成28年6月30日、被告と被告の労働組合代表者との間で、本件指針が公表されたことに伴う協議を行った結果、策定された。
- 原告は、平成30年6月8日に行われた新人研修の中で、当時施行されていた本件規定1及び本件細則2の内容について説明を受け、その際には質疑応答の時間も設けられていた。
- 本件規定2は、実質的には本件規定1から実績報酬金の金額のみを増額したものであるところ、被告は、改定に際し、従業者に対し意見聴取を行った。原告は、退職前に、改定内容に関する質問をしており、被告はメールで回答をした。その際、原告は、本件規定2への改定について好意的な意見を寄せていた。このように、原告と被告は、本件規定1から本件規定2へ改定するときにも実質的な協議を行った。
判旨
本判決は、本件規定により対価を支払うことが不合理であるとは認められないと判断し、原告の請求を棄却しました。
具体的には、本件規定及び本件細則について、基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見聴取の状況のいずれの観点からみても、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であるということはできず、むしろ合理的なものと判断しました。
協議の状況について
本判決は、本件規定1の制定時の協議について次のような事実を認定しました。
被告は、平成28年4月1日に特許法35条が改正され、また同年4月22日に本件指針が公表されたことから、本件指針に基づき、同年6月30日、被告の労働組合代表者との間で「相当の利益」(報奨金)を決定するルールに関する協議を行った。
同協議には、労働組合側から幹部10人が出席し、会社側は、本部長等、知的財産権を担当する部署の6人が出席して行われ、特許法35条4項にいう「相当の利益」に相当する被告の最新の報奨金制度について、各報奨項目及び報奨フロー、各報奨項目の推移、実績報奨の等級別比率、対象件数の推移につき説明し、また、特級の報奨金については、これまで計算式が用意されていなかったが、判例に基づいた計算式が採用された点、事例を交えて製品における特許が寄与する営業利益等についても説明がされた。
議事においては、労働者側から、特級以外にも基準があるのか、営業利益がマイナスでは報奨金が出ないのか、発明者の寄与率が固定でよいのか、退職者にも支払われるのか、等の質問があり、それぞれ会社から、特級以外は● (省略) ●を点数化して算出すること、営業利益がマイナスの場合でも売上に貢献していれば報奨金が支払われる場合があること、退職者(死亡していた場合はその遺族)にも支払われること、寄与率は●(省略)●を基本としつつ、個別に決定するうえで発明者から意見を聴取する機会をもつことなどを回答した。
また、本件細則4への改定に際しての意見聴取の状況として、次のような事実を認定しました。これは判決文中の表題では意見聴取の状況と表現されていますが、法35条でいえば協議の状況に相当すると思われます。
令和4年1月に、本件細則の改廃手続について承認者を「知的財産担当役員」とする旨のみの改定(本件細則3)がされた(乙13)のち、令和5年3月には、被告は、発明奨励のため、実績報奨金の増額を行うための本件細則の改正を発案し、社内システムを通じて、全従業員にこのことに関する意見募集を行った。この意見募集においては、従業員からの意見を集約して、これに対する被告の回答を示すとともに、再度の意見をさらに受け付けることとしていた(乙18)。
原告は、この意見募集に対し、賛同の意を示すとともに、実績報奨金に加え、昇給等で使える「特許ポイント」を導入するなどの提案を含む意見を提出し、これに対し、被告は、同年4月4日、原告の意見部分に対し、被告としての原告の意見の理解とそれに基づく検討結果を回答した
さらに本判決は、本件規定3への改定についても被告が従業員に意見募集を行ったことを認定しています。
以上を踏まえて本判決は、以下のとおり、本件規定及び本件細則の内容説明、運用、改定等について慎重かつ真摯、丁寧なものであったとの判断をしました。
被告は、本件規定1及び本件細則1の改定にあたり、新たに公表された本件指針をふまえ、これに忠実な手続をとるべく、労働者の代表としての労働組合に対し、規定の内容を説明するとともに、質問にも応じていた。また、本件細則4への改定に当たっても、社内システムを通じて全従業員からの意見を募ったうえでこれを集約し再度の意見を募り、原告からの本件規定2の改定自体には関わらない個別の意見にも会社としてのスタンスを説明していた。このように、被告は、本件規定及び本件細則の内容説明、運用、改定等について、従業員への意見聴取及びこれに対する応答に関し、慎重かつ真摯、丁寧に当たっていた。
また、本件規定及び本件細則の改定の内容は、特段発明者に不利な内容は含まれておらず、むしろ有利に働くものである。
開示の状況について
開示の状況については、本判決は次のような周知状況等を認定しました。
本件規定及び本件細則は、被告の社内システムの「ダイフク諸規定集」に収録され、被告の従業員は、いつでも最新のものを閲覧することができた(乙16)。
また、被告においては、新入社員に、報奨金制度や表彰制度の存在を理解してもらう趣旨で、毎年行われる新人研修において、本件規定及び本件細則について簡単に説明し、質問に応答することとしていた。
これを踏まえ本判決は、以下のとおり、被告は開示、周知のために合理的な手段を講じていると判断しました。
本件規定及び本件細則は、常時被告の社内システムに掲載されており、毎年の新人研修においても、報奨制度について説明をしていたものであって、また、改定にあっては全従業員に意見を聴取していることと相まって、会社として、開示、周知のために合理的な手段を講じている。
意見の聴取の状況について
意見聴取の状況については、本判決は以下のとおり、各種報奨金の支払時においても、問い合わせや意見聴取の窓口を案内していること等を理由として、意見聴取の機会は相応に確保されているとしました。
本件規定は、発明者からの報告を端緒として実績報奨金の審査をすべきことを定めているうえ、本件細則は、実績報奨に関し、事業部及び知的財産部が、当該特許の実績を客観的な指標をもとに数値化して評価し、特許発明の価値を段階的に把握してその等級を決するものであるところ(特級については、別途特級審査委員会の手続において発明者の意見が徴収される。)、事業部は、当該対象特許権の実施状況について発明者等から確認するなどとされており、その内容(特許実績評価シート)についても、発明者又は担当者において確認できる仕組みになっていること(乙11ないし14)、各種報奨金の支払時においても、問い合わせないし意見聴取の窓口を案内していることからすると、発明者の意見を聴取する機会は相応に確保されている。
対価の額の妥当性について
なお、原告は、内容の不合理性の主張として、本件各発明に対する相当な対価が年間5775万円であるとの原告の主張を前提に、本件規定に基づいて対価を算定すると著しい不均衡が生じるとの主張をしていました。
これに対し、本判決は以下のとおり、法35条5項の不合理性の判断に対価の額の妥当性が当然に含まれるかは疑問である、仮に考慮要素の一要素となり得るとしても、本件細則は相応の実績報奨金を支払うものであって不合理とする点は見出しがたいと判断しました。
原告主張の相当対価に根拠があるかは疑問であるが、その点を措いても、特許法35条5項において定める不合理性の判断の観点に、それ自体私的自治に委ねられるとも考えられる対価の額の妥当性が当然に含まれるかは疑問であるし、仮に考慮要素の一要素となり得るとしても、例えば出願報奨、登録報奨の低廉な一時金のみを支払い、その後特許権の実施によって会社が得た利益を分配しないような規定であれば格別、本件細則は、実施に係る特許権等の経済的価値を、利益貢献や競合の排除といった様々な観点から評価して段階的に相応の実績報奨金を支払うものであって、不合理とする点は見出しがたい。
コメント
本判決は、平成27年改正による法35条5項の不合理性の判断をした希少な判決であり、その認定判断において職務発明ガイドラインにも触れていることも相まって、実務的には、法35条5項でいう協議、開示、意見の聴取としてどのような対応をすれば不合理性が否定されるのかという点が注目されます。
その意味において本判決における判断は大筋で妥当なものと考えます。以下、いくつか注目される点にコメントします。
労働組合との協議について
被告においては、本件規定1の制定時、被告の労働組合との協議を行っている一方、判決文を読む限りでは従業員への説明会等を行ったとの事実はみられません。
確かに、労働組合の代表者が当該労働組合に加入している従業者等を正当に代表している場合、その代表者との話合いが当該労働組合に加入している従業者等と使用者等との間の協議と評価されることは、職務発明ガイドラインにも記載があります[4]。
ただし、それは従業者等の正当な代表であることが前提ですので、労働組合についても、労働組合に加入していない従業員など労働組合によって代表されていない従業者等との関係では、法35条5項の協議と評価されないおそれがあります。
そのため、実務では、労働組合が存在する会社においても、職務発明規程の制定・改定時の協議としては、労働組合だけでなく従業者等との協議を行うことが推奨されます。本判決では、このような労働組合が代表する従業者等の範囲については当事者の主張がなかったために裁判所の判断もされなかったのかと推察されます。
なお、法35条でいう相当の利益が労働契約法における労働条件に該当するかどうかは争いがあり、これを否定する見解も有力です。本件の被告と労働組合との協議も、本件訴訟及び本判決において、労働契約法10条が定める労働条件の不利益変更時の合理性判断における考慮要素としての主張や判断がされたものではありません。
協議における2往復について
被告は、令和4年の本件細則改定時、会社が改正を発案し、社内システムを通じて全従業員に意見募集を行い、この意見募集においては、従業員からの意見を集約して、これに対する被告の回答を示すとともに、再度の意見をさらに受け付けることとしていた旨が、本判決で認定されています。
意見を募集し会社の回答を示すとともに再度の意見を受け付けていた点、再度の意見への回答を含めれば、意見→回答(1往復目)、再度の意見→回答(2往復目)という2往復のやりとりが用意されていたとみられます。これは、職務発明ガイドラインにも記されている対応であり[5]、不合理性を否定するうえで有用と考えられます。
新入社員への対応について
被告は、新入社員に報奨金制度や表彰制度の存在を理解してもらう趣旨で、毎年行われる新人研修において、本件規定及び本件細則について簡単に説明し質問に応答することとしていた旨が、本判決で認定されています。
この事実は本判決において「本件規定等の周知状況等」との表題の下で述べられていますが、新入社員に対する法35条5項の協議の考え方とも密接に関連するものです。
例えば、職務発明規程や報奨制度について新入社員に何も伝えないとか、職務発明規程が存在することだけを伝えて見ておくように指示するといった対応では、協議の状況として不合理と認められるリスクがあります。やはり新入社員に対しては制度の概要を説明すること、質問を受け付け応答することがポイントと考えます。
職務発明ガイドラインでも、職務発明規程等による基準策定後に入社した社員との協議について、当該基準をそのまま適用することを前提に使用者等が新入社員に対して説明を行うとともに新入社員から質問があれば回答するという方法も、協議の状況について不合理性が否定される方向に働く旨が述べられています[6]。なお、職務発明ガイドラインにおいてこの場合については前記の2往復の意見→回答のような記載がないことから、基準改定時の協議と比較して緩やかな対応でもよいことが示唆されているといえます。
対価の額の位置付けについて
原告は、自らが主張する妥当な対価の額と比較して、本件規定により算定される金額が少ないことも、不合理性の主張の根拠としていました。
この点について、協議・開示・意見の聴取の状況といった手続的要素が不合理性判断の主たる要素になることは異論がないものの、対価の額といった実体的要素も、法35条5項の「等」に含まれるものとして考慮要素になり得ることは必ずしも否定されないと考えられていました。
本判決は、法35条5項の不合理性の判断に対価の額の妥当性が当然に含まれるかは疑問であるとまず述べたうえで、仮に一要素となり得るとしてもと断って判断をしており、このことは前述のような考え方に沿うものと理解されます。
ただし、本判決はその一要素としての判断において、被告においては相応の実績報奨金を支払うことを理由に不合理性を否定しているようにみえます。しかし、この点について、実績報奨金を支払わない報奨金体系であれば不合理性が認められるリスクがあると理解するのは早計です。
実体的要素を考慮要素からは排除しないとしてもそれは従たる位置付けであり、主たる考慮要素は、協議・開示・意見の聴取の状況といった手続面とするのが法35条5項の趣旨ですので、そうした手続面を十分に行っていれば、不合理性を否定する上で実績報奨金が必須とは解されません[7]。
脚注
————————————–
[1] その定義は、「その性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明」(法35条1項)
[2] 平成16年改正法では「相当の対価」と定められていました。
[3] 正式名称は「特許法第35条第6項に基づく発明を奨励するための相当の金銭その他の経済上の利益について定める場合に考慮すべき使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況等に関する指針」
[4] 職務発明ガイドライン第二の二2(四)
[5] 職務発明ガイドライン第二の二3(七)
[6] 職務発明ガイドライン第三の三1
[7] 職務発明ガイドラインでも、職務発明規程で定める相当の利益の基準について、使用者等の利益に対する発明の貢献度や発明による利益に対する発明者の貢献度を考慮することなく相当の利益の内容を決定するというものにすることや、職務発明に係る相当の対価の内容をめぐる訴訟の裁判例を参考にせず定めることも可能であること、相当の利益の内容が売上高等の実績に応じた方式で決定されなければ不合理と認められるというわけではないことが記載されています(職務発明ガイドライン第二の一3(一)(二))。
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(文責・神田雄)
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