令和5年5月、内閣府のウェブサイトにおいて「AIと著作権の関係等について」と題する資料(以下「本資料」といいます。)が公開されました。本資料における著作権に関連する部分は文化庁著作権課による作成とみられます。
本資料では、AIと著作権について、基本的な考え方、現状の整理、今後の対応がコンパクトに示されており、著作権法を所管する官庁が近時の生成AIの広がりを受けて公にした資料として注目を集めました。
本稿では、本資料が示すAIと著作権の基本的な関係についてご紹介します。
本資料のポイント
- AIと著作権の関係については、AI開発・学習段階と生成・利用段階で分けて考えることが必要である。
- AI開発・学習段階では著作権法30条の4が適用され、AI開発のような情報解析等では、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用行為は、原則として著作権者の許諾なく利用可能である。
- ただし、「必要と認められる限度」を超える場合や「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」は、著作権法30条の4の対象とはならない。
- 生成・利用段階では、AIを利用して生成した画像等をアップロードして公表したり、複製物を販売したりする場合の著作権侵害の判断は、著作権法で利用が認められている場合を除き、通常の著作権侵害と同様である。
- 生成された画像等に既存の画像等(著作物)との類似性や依拠性が認められれば、著作権侵害が成立する。
解説
本資料の公表の経緯
本資料は、内閣府のAI戦略チーム(関係省庁連携)の第3回会合(令和5年5月15日開催)[1]における資料として提出されたものです。議事要旨によると同会合では、本資料に基づいて文化庁から説明がされ、その後意見交換が行われています。
このような経緯からすると、本資料は政府の会議のために作成された資料であり、広く国民や産業界に周知することを目的として作成・公表されたものではありませんが、内閣府のウェブサイトにおいて公開されているものであり、本資料内でもその考え方を「速やかに普及・啓発」していく旨が記載されています。
「基本的な考え方」について
本資料における「基本的な考え方」では、以下の3つのポイントが記載されています。
- 著作権法では、著作権者の権利・利益の保護と著作物の円滑な利用のバランスが重要
- 著作権は、「思想又は感情を創作的に表現した」著作物を保護するものであり、単なるデータ(事実)やアイデア(作風・画風など)は含まれない
- AIと著作権の関係については、「AI開発・学習段階」と「生成・利用段階」では、著作権法の適用条文が異なり、分けて考えることが必要
1点目は特に目新しいことを述べたものではありません。
2点目も従来の著作権法の解釈と変わるところはありませんが、生成AIとの関係で、データやアイディア、特に作風や画風は著作物に含まれないことを強調したものと思われます。
3点目は、AI開発・学習段階と生成・利用段階とで分けて考えることが必要であると述べています。この考え方は近時の生成AIと著作権との議論を整理するうえで多くの識者から指摘されてきたものであり、文化庁も同じ考え方を取ることを示したといえます。これによって、今後はこのような2段階に分けた考え方が、より一層定着することでしょう。次項で紹介する本資料における「現状の整理」の項目でも、これらの2段階に分けた説明がされています。
「現状の整理」について
AI開発・学習段階について
本資料にいうAI開発・学習段階とは以下のとおりです。
- 著作物を学習用データとして収集・複製し、学習用データセットを作成
- データセットを学習に利用して、AI(学習済みモデル)を開発
本資料はこのAI開発・学習段階において、著作権法30条の4の適用があることを示しています。
著作権法30条の4は、その各号に定める場合その他の著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない場合には、その必要と認められる限度において、その著作物を利用することができると定める規定です。AI開発に関して適用されるのは、同条2号の情報解析の用に供する場合とされています。
ただし著作権法30条の4は、その著作物の種類・用途、利用態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、利用することができない旨を定めてもいます。
同条の条文は以下のとおりです。
(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
第三十条の四 著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
一 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
二 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合
三 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあつては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合
本資料でも、AI開発のような情報解析等では、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用行為は原則として著作権者の許諾なく利用可能と指摘しつつ、「必要と認められる限度」を超える場合や「著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、利用可能とはならない旨が示されています。
AIの学習段階において30条の4の適用があり得ることも、既に多くの識者から指摘されていたことではありますが、同条の適用可能性が本資料によっても確認されたものといえます。
生成・利用段階について
本資料にいう生成・利用段階とは以下のとおりです。
- AIを利用して画像等を生成
- 生成した画像等をアップロードして公表、生成した画像等の複製物(イラスト集など)を販売
本資料はこの生成・利用段階について、AIを利用して生成した画像等をアップロードして公表したり、複製物を販売したりする場合の著作権侵害の判断は、私的使用のための複製など著作権法で利用が認められている場合を除き、「通常の著作権侵害と同様」であると明記しています。
この「通常の著作権侵害と同様」であることは、本資料において文化庁が強調したかったポイントの1つではないかと思われます。
具体的には、本資料では以下のとおり記載し、類似性と依拠性が要件であることを説明しています。
生成された画像等に既存の画像等(著作物)との類似性(創作的表現が同一又は類似であること)や依拠性(既存の著作物をもとに創作したこと)が認められれば、著作権者は著作権侵害として損害賠償請求・差止請求が可能であるほか、刑事罰の対象ともなる
類似性については、従来の著作物に関する判断手法と大きく変わることはないと思われます。これに対して、どのような場合に生成された画像等について依拠性が認められるかについては、まだ見解が分かれており議論があります(本資料にはその議論につき具体的な言及はありませんが、次項で紹介する文化庁の講演資料では少し具体的に触れられています。)。
とはいえ、本資料がまず明確にしたかったことは、
・生成AIを利用して生成したからといって著作権侵害にならないということはない
・基本的な判断枠組みは通常の著作権侵害と同様
ということだと思われます。
そして本資料は、そのシンプルな内容・構成により、これらの点を打ち出すことには成功しているといえるでしょう。
「今後の対応」について
本資料では、上記「現状の整理」等についてセミナー等の開催を通じて速やかに普及・啓発していくと記載されています。
実際に令和5年6月、文化庁は令和5年度著作権セミナー「AIと著作権」を開催しました。同セミナーの講演映像と講演資料には文化庁のウェブサイトからアクセスすることができます。
同セミナーは、本資料に記載のないAIと著作権に関する内容も取り上げており、参考になります。中でも講演資料の49頁において「依拠性に関する今後の検討事項(一例)」として記載された以下の事項は、上述のとおりいまだ議論のある依拠性の問題について文化庁が取りまとめようとしている方向性の一部を示唆しているように思われ、興味深いところです。
- AI利用者が既存の著作物を認識しており、AIを利用してこれに類似したものを生成させた場合は、依拠性が認められると考えてよいのではないか
- AI利用者が、Image to Image (i2i)で既存著作物を入力した場合は、依拠性が認められると考えてよいのではないか
- 特定のクリエイターの作品を集中的に学習させたAIを用いた場合と、そのような集中的な学習を行っていないAIを用いた場合とで、依拠性の考え方に違いは生じるか
さらに本資料では、「知的財産法学者・弁護士等を交え、文化庁においての開発やAI生成物の利用に当たっての論点を速やかに整理し、考え方を周知・啓発」とも記載されており、今後の進展が注目されます。
脚注
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[1] https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/ai_team/3kai/3kai.html
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(文責・神田雄)