特許庁調整課審査基準室は、本年(平成29年)3月、「IoT関連技術の審査基準等について~IoT、AI、3Dプリンティング技術等に対する審査基準・審査ハンドブックの適用について~」(以下「本資料」といいます。)を公表しました。本資料は、IoT、AI及び3Dプリンティング関連技術について、現在の特許庁の理解を概説した上で、その審査基準及び判断事例等を紹介するものです。

最終回は、3Dプリンティング関連技術について、本資料の内容及び審査ハンドブック記載の事例のうち重要と思われる事例を紹介します。

解説

3Dプリンティングとは

3Dプリンティングは、造形物の3次元形状データ(3DCAD等)を、各層のスライスデータに変換し、これを3Dプリンタに読み込ませて、造形を行うものです。

3Dプリンティングの方式としては、光学造形方式や熱溶解積層方式、インクジェット方式等があります。現在、多くの3Dプリンタで用いられている熱溶解積層方式では、スライスデータに基づいて、モデル材とサポート材を積層していき、その後、サポート材を溶かすことで、造形を行います。

発明該当性

3Dデータに関する法的問題点

3Dプリンティング関連技術については、3Dデータが、特許法上の「プログラム等」に該当するか否かが問題とされています。

この点、IoT関連技術やAI関連技術においても、データの「プログラム等」該当性が議論されていますが、その背景には、主として、データそれ自体が特許法の保護を受けるかという問題意識があります。

3Dプリンティングについても、このようなデータの保護の必要性は変わりありませんが、3Dデータが造形物と密接に関連していることによる特殊性があります。すなわち、仮に将来、3Dプリンタの普及が進んだ場合、「物」それ自体に替えて、3Dデータのみの授受による取引等が行われることも予想されるところ、この場合に、かかるデータの授受を持って、特許権の侵害を肯定できるのか等、が問題となりうると考えられています。

もっとも、特許庁は、IoT関連技術やAI関連技術と同様に、3Dプリンティング関連技術についても、別個の審査基準を設けることは必要ないとしています。上記の問題が顕在化するのは、主に侵害訴訟の段階であると思われますので、特許審査の段階で、どの程度までかかる問題点が考慮されるかという問題もあり、少なくとも現状では、IoT関連技術やAI関連技術と同様の実務運用がなされるものと思われます。

具体例①(発明該当性否定例)

3Dデータの特許請求の範囲の記載について、参考となりうる具体例としては、下記を特許請求の範囲とする審査ハンドブック附属書A「3.1 発明該当性」「事例 3-3 人形の3D 造形用データ及び人形の3D造形方法」があります。

[請求項1]

3D造形装置の造形部が造形を行う際に前記3D造形装置の制御部に読み込まれる3D造形用データであって、造形される人形の3次元形状及び色調を含むことを特徴とする人形の3D造形用データ。

特許庁は、請求項1について、以下のとおり述べて、単なる情報の提示に留まるとして、3D造形用データの発明該当性を否定しています(下線部は筆者によります。)。

3D造形用データが、請求項1に記載のように「3D造形装置の造形部が造形を行う際に前記3D造形装置の制御部に読み込まれる」ことは3D造形装置におけるごく通常の作動であるところ、請求項1に係る人形の3D造形用データは、3D造形装置の制御部への読み込まれる手段や方法に何ら技術的特徴をもたらすものではなく、「造形される人形の3次元形状及び色調を含む」という情報の内容のみに特徴があるといえる。したがって、請求項1に係る3D造形用データは、情報の提示(提示それ自体、提示手段や提示方法)に技術的特徴を有しておらず、提示される情報の内容にのみ特徴を有するものであって、情報の提示を主たる目的とするものである。

具体例②(発明該当性肯定例)

他方、3D造形用データの発明該当性を認めた事例としては、審査ハンドブック附属書B「第1章 コンピュータソフトウエア関連発明」「3D造形用データ」があります。問題となった3Dプリンティング技術の特許請求の範囲は以下のとおりです。

[請求項1]

最終的に3D造形物を構成するモデル材と、造形中に前記モデル材を支持するサポート材とを積層する3D造形装置に用いられる3D造形用データであって、

前記3D造形物の各層ごとに、前記モデル材の吐出位置及び吐出量を示すモデル材データと、

前記モデル材データに基づく造形の次の造形に用いられるデータをポイントするモデル材ポインタと前記サポート材の吐出位置及び吐出量を示すサポート材データと、前記サポート材データに基づく造形の次の造形に用いられるデータをポイントするサポート材ポインタと、を含む構造を有し

(a) 前記モデル材ポインタは、

(a1)当該モデル材ポインタが含まれる層のモデル材に対して直上層のモデル材が張り出す部分を有しかつ当該モデル材ポインタが含まれる層のモデル材の造形後の時点で同層のサポート材が造形されていない場合、当該モデル材ポインタが含まれる層のモデル材の造形後の時点で造形されていない最下層のサポート材データをポイントするよう設定され、

(a2)当該張り出す部分を有しない場合又は当該造形後の時点で同層のサポート材が造形されている場合、当該直上層のモデル材データをポイントするよう設定されており、

(b) 前記サポート材ポインタは、(b1)当該サポート材ポインタが含まれる層のサポート材に対して直上層のサポート材が張り出す部分を有しかつ当該サポート材ポインタが含まれる層のサポート材の造形後の時点で同層のモデル材が造形されていない場合、当該サポート材ポインタが含まれる層のサポート材の造形後の時点で造形されていない最下層のモデル材データをポイントするよう設定され、(b2)当該張り出す部分を有しない場合又は当該造形後の時点で同層のモデル材が造形されている場合、当該直上層のサポート材データをポイントするよう設定されており、前記3D造形装置の制御部が、前記モデル材データ又は前記サポート材データに基づく造形後に、前記モデル材ポインタ又はサポート材ポインタに従ってモデル材データ又はサポート材データを記憶部から取得する処理に用いられる

3D造形用データ。

特許庁は、上記の請求項(下線部)の記載から3D造形用データが「プログラムに準ずる構造を有するデータ」であり、かつ、発明に該当する旨の考え方を示しています(下線部は筆者によります。)。

・・・請求項の記載からモデル材データ又はサポート材データに基づく造形後、次の造形に用いられるデータを記憶部から取得するという、制御部による情報処理を可能とする構造を有するデータであるといえる。よって、当該3D造形用データは、そのデータ自身が有する構造により、制御部による情報処理を規定するという点でプログラムに類似する性質を有するから、プログラムに準ずる構造を有するデータ(ソフトウエア)である。

ここで、機器である3D造形装置の制御又は制御に伴う処理を具体的に行う方法は、「自然法則を利用した技術的思想の創作」である。

したがって、上記方法を制御部に実行させるためのソフトウエアである、請求項1に係る発明は、「発明」に該当する。

新規性

本資料には、3Dプリンティング関連技術の新規性判断について、特段言及はありませんが、新規性の審査の局面では、出願当時に公となっていた先行文献等に問題となる技術が既に開示されているかが問題となりますので、クレーム解釈の問題を除けば、特に3Dプリンティング関連技術特有の問題が想定し難いということが背景にあるものと考えられます。

進歩性

特許庁は、3Dプリンティング関連技術の進歩性について、「3Dプリンティング関連技術の発明の進歩性の判断は、他の発明についての進歩性の判断とかわらない」としています。

3Dプリンティング関連技術の進歩性判断の具体例としては、審査ハンドブック附属書B「第1章 コンピュータソフトウエア関連発明」「事例3-5 3D 造形方法及び3D 造形用データ」が挙げられています。

ここで、問題とされた本願発明は、3D造形物を、①モデル材とサポート材の2層構造ではなく、これらの間に、サポート材と同一材質からなる中間材からなる層を設け、かつ、②造形物の一部がすぼんでいる場合等、上向きに張り出す造形が必要な場合に、通常のようにこれら造形材を一層ずつ積層するのではなく、まず先に、中間材及びサポート材を複数層積層し、その後にモデル材を積層することを特徴とする3D造形方法及び3D造形用データの発明です。

これに対して、引用発明1(主引例)として、上向きに張り出す造形が必要な場合、サポート材を複数積層し、その後にモデル材を積層する3D造形方法の発明が、また、引用発明2(副引例)として、造形にモデル材とサポート材に加えて、サポート材とは異なる離形性の高い中間材を用いる3D造形方法の発明が、それぞれ存在しています。

特許庁は、本願発明と、引用発明1との間の相違点を、中間材を含めて積層するものではなく、また、中間材の吐出による造形を行う工程に関連した特定がなされていない点にあると整理しました。

その上で、容易想到性の判断に際して、引用発明1と引用発明2の技術分野及び課題の共通性を認定してているものの、以下のとおり述べて、結論としては容易想到性を否定しています(下線部は筆者によります。)。

引用発明1 及び2 は、共に、最終的に3D 造形物を構成するモデル材と、造形中に前記モデル材を支持するサポート材とを積層する3D 造形方法に関するものであるから、技術分野が共通する。また、引用文献1 には、サポート材の除去に関する課題が明示されていないが、サポート材が3D 造形物の造形完了後に除去されるものである以上、当該サポート材の除去の容易化は、当業者にとって自明な課題であるから、引用発明1 及び2 は、課題が共通する。

しかしながら、引用発明2 は、モデル材及びサポート材の間に介在する中間材を含めて積層するものであるものの、当該中間材は、サポート材と同一材料ではなく別種の材料からなる。そして、引用発明2 では、モデル材、サポート材及び中間材の吐出による造形を行う工程の順序について特定されていない。

また、引用発明2 は、中間材をサポート材と別種でモデル材からの離型性が高い材料とすることによって、サポート材のモデル材からの機械的な分離除去を容易化するものであることから、中間材をサポート材と同一材料とすることによって、サポート材及び中間材の溶剤による除去を容易化すること、さらには、中間材の吐出による造形を行う工程後同一材料であるサポート材の吐出による造形を行う工程を実施する等、中間材の吐出による造形を行う工程の実施順序を特定のものとすることによって、吐出材料の切替え回数を減少することは、引用発明1 及び2 に接した当業者が技術常識から導き出せる事項でもない

よって、上記相違点1 に係る事項は、引用発明1 及び2 の技術分野及び課題の共通性を考慮して引用発明1 に引用発明2 を適用しただけでは想到することができず、また、引用発明1 に引用発明2 を適用する際に行い得る設計変更等(一定の課題を解決するための技術の具体的適用に伴う設計変更や設計的事項の採用)ということもできない。

コメント

以上3回に渡り、本資料及び審査ハンドブック記載の事例のうち重要と思われるものを紹介しましたが、特許庁の現時点での考え方が説明された数少ない資料ですので、出願に際しては一読することが望ましいといえます。

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(文責・松下)