東京地方裁判所民事第40部(中島基至裁判長)は、令和6年5月16日、発明者を「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」とする特許出願(特願2020-543051号、以下「本件出願」といいます。)についてなされた出願却下処分に対する取消請求について、請求棄却の判断をしました。

ポイント

骨子

  • 「発明」とは、自然人により生み出されるものと解するのが相当である。
  • 現行特許法における「発明者」、「発明をした者」に、AIは含まれず、自然人に限られる。
  • 国内書面における必要的記載事項である発明者の「氏名」とは、自然人の氏名をいうものである。
  • 「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(いわゆる当業者)は自然人が想定されており、当業者という概念をAIに適用することは相当ではない。
  • TRIPS協定は、加盟国に対し、「権利の主体」である「発明者」にAIを含めるよう義務付けるものとまではいえない。
  • 欧州特許庁の見解は、一つの見解として参考にはなるものの、わが国の特許法の解釈を直ちに左右するものとはいえない。
  • AIによる発明に関する制度設計を今後検討していくことが期待される。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 令和6年5月16日
事件番号 令和5年(行ウ)第5001号
特許番号 特願2020-543051号
発明の名称 FOOD CONTAINER AND DEVICES AND METHODS FOR ATTRACTING ENHANCED ATTENTION
裁判官 裁判長裁判官 中 島 基 至
裁判官    尾 池 悠 子
裁判官    小 田 誉 太 郎

解説

「発明」及び「発明者」

「発明」について

現行の特許法2条1項では、「発明」を、以下のように定義しています。

(定義)
第二条 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。
(略)

このように、現行特許法において「発明」は、「思想」、「創作」といった、自然人による行為を前提とすることをうかがわせるような文言によって定義されていますが、AIによる発明(以下、「AI発明」といいます。)等、自然人以外による発明を明示的に排除するような文言にはなっていません。

特許法の他に、日本において適用されるものとして、パリ条約及びTRIPS協定(Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights、知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)がありますが、いずれにも発明の定義規定は置かれていません。また、日本の旧特許法においても、発明の定義規定は置かれていませんでした。

「発明者」とは(発明者該当性について)

裁判例[1]においては、従来、発明者該当性は以下のように判断されていました。

特許法2条1項は、「発明」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうと規定し、同法70条1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定している。これらの規定によれば、特許発明の「発明者」といえるためには、特許請求の範囲の記載によって具体化された特許発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)を着想し、又は、その着想を具体化することに創作的に関与したことを要するものと解するのが相当であり、その具体化に至る過程の個々の実験の遂行に研究者として現実に関与した者であっても、その関与が、特許発明の技術的思想との関係において、創作的な関与に当たるものと認められないときは、発明者に該当するものということはできない。

このように、特許発明の技術的思想を着想し、又は、その着想を具体化することに創作的に関与した者が、発明者に該当するとされており、AIであっても発明者に該当し得るのではないかとも考えられます。

「発明者」とは(発明者適格性について)

「発明者」については、特許法上は定義されていませんが、特許法29条1項柱書では、特許を受けることができる者について、以下のように規定しています。

(特許の要件)
第二十九条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。

この「発明をした者」とは、真に発明をなした自然人であると一般に解されています。

また、特許を受けるためには、願書を特許庁長官に提出しなければならず、願書に記載すべき事項を、特許法36条1項は、以下のように規定しています。

(特許出願)
第三十六条 特許を受けようとする者は、次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない。
一 特許出願人の氏名又は名称及び住所又は居所
二 発明者の氏名及び住所又は居所
(略)

このように、発明者については「氏名」の記載を求める一方、特許出願人については「氏名又は名称」の記載を求めています。このような違いから、同条同項各号に規定する「氏名」は自然人の氏名、「名称」は法人の名称を指すものと解し、特許出願人については、自然人の他、法人 についてもその主体となることを認めている一方、発明者については自然人のみを認めるものと解されています。

その他、特許法35条3項も、法人は内規などに取得の定めがあって初めて発明にかかる権利の原始取得が可能となり、かつ原始取得の場合でも相当の利益の支払義務が生じることを規定していることから、発明者が自然人に限定されることの根拠になると解されています。

自然人以外の発明者適格性が問題となった裁判例として、実用新案の例ではありますが、法人が実用新案の考案者となることを否定した、東京地判昭和30年3月16日(昭和28年(ワ)第5080号下民集6巻3号479頁)「ゴム製浮袋事件」があります。同裁判例の判決では、以下のように述べ、法人は実用新案の考案者となることはできないと判断しました。

実用新案の実質上の権利者は原告であると主張するけれども、我国の実用新案法においては外国の立法例中に存する如く出願者主義(この主義によれば考案者でない考案の準占有者も実用新案の登録を受け得る場合が生ずる、)を採つていないと同時に、実用新案の登録を受けることができるものは考案という事実行為をしたものに限定していることは実用新案法第一条によつて明であり、従つて代理人による考案、機関による考案の観念を容れず、法人の考案を認めることはできない。

その他、特許庁は、本件の判決に先立つ令和3年7月30日に公表した「発明者等の表示について」と題する記事において、以下のように、願書における発明者の表示は、自然人に限られるものと解するとし、人工知能(AI)等を含む機械を発明者として記載することは認めていないとしています[2]

すなわち、発明者は特許を受ける権利を発明の完成と同時に有する主体であり、特許を受ける権利を有する発明者が当該権利を出願前に移転することができるとするこれらの規定[3]は、発明者は、権利能力を有する者であって出願人になり得る者として自然人であることを予定しているものです。

以上のような解釈及び上記各規定の内容との整合性の観点から、発明者の表示は、自然人に限られるものと解しており、願書等に記載する発明者の欄において自然人ではないと認められる記載、例えば人工知能(AI)等を含む機械を発明者として記載することは認めていませんので、お知らせします。

事案の概要

背景

本件訴訟は、「THE ARTIFICIAL INVENTOR PROJECT[4]」と題するプロジェクトが背景にあります。同プロジェクトは、AI がもたらす社会的、経済的、法的な影響に関する議論を促進し、AI による生成物の法的な保護の可能性に関するガイダンスの作成を目的としているとのことです。

そのために、同プロジェクトは、人工知能(AI)が創作した発明を、日本[5]、米国をはじめとする各国に特許出願し、当該出願について各国の特許庁及び裁判所の判断を求めています。

発明者「DABUS」とは

本件出願の発明者として記載されているAIは、DABUS(Device for the Autonomous Bootstrapping of Unified Sentience:統合された知覚の自律的な自己開始型プロセスのための機械 と呼ばれ、Stephen L. Thaler氏によって開発されました。

同プロジェクトが公開している情報[6]によると、このDABUS自体についても特許出願がされており、米国において米国特許第10423875号及び第11727251号として登録されているようです。

その他、同氏によるDABUSと同名のDevice for the autonomous bootstrapping of useful informationと題する特許出願が2006年時点で既に提出されているようですが、こちらは本件のDABUS及びDABUSを発明者とする発明とは直接の関連はないようです。

発明の概要

DABUSを発明者とする発明は、2019年に国際出願された後、2020年に国際公開されました[7]

この国際出願の発明者は、「DABUS, The invention was autonomously generated by an artificial intelligence」(DABUS、この発明は人工知能によって自律的に生成されました)と記載されており、発明の内容は、食品または飲料のための容器(フードコンテナ)と、人間の注意を喚起するビーコンという異なる2つのものを含んでいます。

この国際出願は2020年に日本に移行されていますが(本件出願)、本件出願は出願却下処分がされているため、公開されていません。

経緯

本判決によると、原告は、上述のように 2020年に国際出願を日本に移行し、日本の特許庁において権利化を目指しました 。原告は、日本での本件出願にかかる国内書面において、発明者を「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載していました。
特許庁は、原告に対し、本件出願の発明者の氏名として、自然人の氏名を記載するよう方式補正 を命じました(特許法184条の5第1項柱書、同項第2号、同条の5第2項柱書、同項第3号、特許法施行規則第38条の5第1号)。しかし、原告は、補正命令には法的根拠がなく補正による応答は不要である旨を記載した上申書を提出し、補正をしなかったため、特許庁は、本件出願を却下する処分を下しました(同条の5第3項)。

当該処分に対し原告は、行政不服審査法に基づく審査請求 (行政不服審査法第2条、第4条)を行いましたが、これが棄却されたことから(同法45条2項)、原告は、当該処分の取消を求め、行政事件訴訟法に基づき、訴訟を提起するに至りました(行政事件訴訟法第3条第3項)。

原告は、当該処分の取消の理由として、特許法にいう「発明」はAI発明を含み、AI発明にかかる出願では、発明者の氏名は必要的記載事項ではないから、AIを発明者として記載し補正しなかったことを理由にした本件処分は違法であることを主張しました。

争点及び当事者の主張

本件では、特許法にいう「発明」とは、自然人によるものに限られるかどうか、という点が争点になりました。

原告の主張

1.特許法はAI発明の保護を否定していないこと

  • 特許法2条1項の「発明」の定義は、AI発明が「発明」の概念から排除されることを根拠付けるものではない。
  • 特許の実体的要件は、産業上の利用可能性(特許法29条1項柱書)、新規性(同条1項)及び進歩性(同条2項)並びに消極要件(特許法32条)であり、自然人がしたものに限定をしていない。
  • TRIPS協定27条1項は、新規性、進歩性、産業上の利用可能性のある発明については、自然人がしたか否かにかかわらず、特許法上の保護を与えなければならない(義務)ことを規定していると解される。
  • 欧州特許庁は、本件出願の対応欧州出願について、欧州特許条約の下では、自然人が発明をしたか否かにかかわらず、特許を受けることができるか議論することが可能である旨述べている。
  • 「発明」を自然人による発明と限定して解釈すると、特許法29条1項各号が定める公知発明、公然実施発明等にもAI発明が含まれないことになるため、AI発明が公知公用になった後でも、自然人を発明者として出願すれば、新規性要件違反にはならないという不合理な結果を招来することになる。

2.AI発明の出願では発明者の氏名は必要的記載事項ではないこと

  • 特許法が発明者の氏名の記載を求めていることの趣旨は、自然人が発明をした場合に発生する発明者名誉権の権利関係を明確にするためのものにすぎず、発明者名誉権を観念する余地がないAI発明においては、発明者の氏名は必要的記載事項ではない。
  • AI発明において発明者の氏名を必要的記載事項であるとすれば、AI発明がなされた場合に、保護を受けることを断念するか、真の発明者ではない自然人の氏名を記載し、冒認出願をしなければならなくなるため、冒認出願の増加を招来することになる。
  • 冒認出願を理由に無効審判を請求することができるのは、「特許を受ける権利を有する者」であるが、AI発明について自然人の氏名を発明者として記載した冒認出願がなされて登録された場合、AIを発明者として認めないとすれば、「特許を受ける権利を有する者」がおらず、冒認出願を理由とする無効審判請求ができなくなるため、無効にできない冒認出願が存在することになる。
  • 欧州特許庁は、発明者の指定を求めるEPC(欧州特許条約)81条第一文について、自然人の発明者を特定できない場合には適用されないと議論することは可能であると述べている。

3.その他

  • 原告はダバスを創作した者であり、ダバスをアクセス制限等によって自己のために排他的に管理しているから、民法189条1項、205条に基づき、本件発明についての特許を受ける権利を有している。
被告(国)の主張

1.現行特許法において保護される「発明」とは、自然人によってなされたものに限られると解されること

①AI生成物は「発明」に包含されないと解されること

  • 現行特許法で定義される「発明」は、「技術的思想の創作」という文言からして、何らか自然人の精神活動が介在することが当然に前提とされていると解され、また「発明」の定義は、ドイツの法学者コーラーが提唱した定義を踏襲していると解されるところ、コーラーの定義においては、発明が「人間の精神的創作」であることが明確にされている。
  • 知的財産基本法2条1項は、「知的財産」を「発明、(略)その他の人間の創造的活動により生み出されるものをいう。」と定義し、「発明」を「人間の創造的活動により生み出される」ものであると位置づけている。

②自然人たる発明者が観念できない場合に「特許を受ける権利」が発生し得ると解することは極めて困難であること

  • 「特許を受ける権利」の発生ないし帰属に関する特許法29条1項の規定に照らすと、同項の「発明をした者」とは、権利義務の帰属主体となり得るとともに、何らかの創作活動ないし精神的活動をすることができるもの、すなわち自然人であることが当然の前提とされている。
  • 発明者が発明者名誉権を取得することも、「発明をした者」が人格的利益の享有主体である自然人であることを前提としているといえる。
  • AI発明のように自然人たる発明者を観念できない場合を念頭に、「特許を受ける権利」が発生し、それが何人かに原始的に帰属することを定めた規定は存在しない。

2.国内書面の「発明者」の「氏名」欄には自然人の「氏名」を記載する必要があり、これを満たさない国内書面は形式要件違反があるとの評価を免れないこと

  • 国内書面の記載事項は特許法及び同法施行規則で定められており、発明者の「氏名」は国内書面における必要的記載事項であるところ、これは自然人の氏名を指し、その記載を省略したり、他の名称で代替することはできない。

3.「ダバス」を発明者とする国際特許出願に関する各国の対応状況

  • 本件出願の国際出願に関する各国の状況をみると、複数の国において、発明者適格は自然人のみが有し、AIは発明者にはなれないと判断されている。
  • 唯一特許が付与された南アフリカにおいては、方式審査のみが行われ、実体審査の制度は設けられておらず、また同国の特許法及び特許規則には「発明者」の定義に関するものは見受けられない。
双方の反論

1.被告の主張に対する原告の反論

①自然人たる発明者が観念できない場合に「特許を受ける権利」が発生し得ると解することは極めて困難であるとの主張について

  • 特許法29条1項は、「発明をした者は(中略)特許を受けることができる」と定めるにとどめており、あくまで、発明者が自然人である場合に、特許を受ける権利が発明者に帰属し、他の自然人に承継させることができる(同法33条1項、34条1項)という当然の事理を定めているにすぎず、発明が自然人以外のものによりなされる場合があることを排除する趣旨までは含まない。
  • 特許法の制定当時に、AI発明は想定されておらず、自然人による発明のみを前提にして制定されたのであるから、特許法がAI発明に関する規定を設けていないとしても、AI発明の保護を否定する理由にはならない。
  • 法人は特許法29条1項柱書に基づき特許を受ける権利を取得することはできないと解されているが、それは同法35条3項を併せて読むことではじめて導かれるのであり、AI発明においては、同法35条3項に相当する規定がないのであるから、法人の場合と同様に解することはできない。

②知的財産基本法の解釈に関する主張について

  • 同法2条1項は、知的財産について「発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(中略)をいう。」と定めており、「その他の」という文言を使用しているものの、「その他」と「その他の」は法令用語としては厳密に使い分けられておらず、「発明」が「人間の創造的活動により生み出されるもの」に限定される根拠にはならない。
  • 同規定は人間が何らかの形で関与していればよいという趣旨に過ぎず、同項は「(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む)」として、単なる「発見」も「人間の創造的活動により生み出されるもの」に含むとしているところ、AI自体を生成したのは人間であり、AI発明を「発見」するのも最終的には人間であるから、AI発明が同規定の定義に該当することは明らかである。
  • 同項が「新品種」や「意匠」といった人間の創造的活動により生み出されるとは限らないものまで知的財産にあたると定めていることや、プロ・パテントを背景とした立法経緯・趣旨からすれば、「発明」を限定して解すべきではない。

③諸外国の判断について

  • 諸外国の判断については、各国の法律や訴訟における争点設定等を踏まえる必要があり、結論だけに歩調を合わせるべきではない。

2.原告の主張に対する被告の反論

①AI発明にも特許権が付与されるべきとする主張は、現行特許法の解釈を超えた立法論と言わざるを得ないこと

  • 現行特許法は自然人による発明のみを特許権の対象として念頭に置いて制定されているのであって、現時点までに自然人でないものが生み出した成果物に特許権を付与するとの政策判断はされていない。
  • 特許権者は発明の実施権を専有するとされているところ(特許法68条本文)、AI発明について特許権の付与を否定する明文の規定がないからといって、法律上の根拠なくしてこのような強力な権利の発生を認めるという解釈をすることは相当でない。

②AI発明につき発明者の氏名が国内書面の必要的記載事項ではないとする主張に理由がないこと

  • 原告が主張するようなAI発明に氏名の記載を義務付けた場合に生じる不都合は、AI発明が現行特許法の下で特許権を付与されることを前提とするものであるが、そもそもこの前提が誤っている。
  • 現行特許法上、国内書面について、発明者の氏名の記載を省略することが許容され得ることをうかがわせる規定は存在しない。

③TRIPS協定の解釈に基づく主張に理由がないこと

  • TRIPS協定27条1項は、発明を積極的に定義するものでなく、新規性、進歩性、産業上の利用可能性さえあれば特許として保護すべきことを義務付けていると解することはできない。
  • TRIPS協定の加盟国のうち複数の国において、AIを発明者とすることはできない旨の司法判断が示されている。

④欧州特許庁審判部の判決を援用する主張に理由がない

  • 日本はEPCの締約国ではなく、属地主義の原則により国内特許法が適用されるのであるから、EPCの規定は日本の特許法の解釈において直ちに参照し得るものではない。
  • 原告が援用する欧州特許庁審判部の判決は、結論として、発明者適格を有するのは自然人のみであるとし、発明者をAIとする出願を却下した原処分を維持しており、原告の引用は、部分的な賛意を述べた箇所を抜き出したに過ぎない。

判旨

判決は以下のような理由によって、原告の主張を斥け、AIを発明者として記載した出願を却下した処分は適法であると判断しました。

まず、以下のような理由から、現行特許法における「発明者」に、AIは含まれず、自然人に限られると判断しました。

  • 知的財産基本法2条1項の「知的財産」の定義から、同法は、「発明」を、自然人により生み出されるものと規定していると解するのが相当である。

知的財産基本法2条1項は、「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(略)をいうと規定している。 上記の規定によれば、同法に規定する「発明」とは、人間の創造的活動により生み出されるものの例示として定義されていることからすると、知的財産基本法は、特許その他の知的財産の創造等に関する基本となる事項として、発明とは、自然人により生み出されるものと規定していると解するのが相当である。

  • 特許法36条1項2号において規定される発明者の「氏名」とは、自然人の氏名をいうものであり、同号の規定は、発明者が自然人であることを当然の前提とするものといえる。

発明者の表示については、同法36条1項2号が、発明者の氏名を記載しなければならない旨規定するのに対し、特許出願人の表示については、同項1号が、特許出願人の氏名又は名称を記載しなければならない旨規定していることからすれば、上記にいう氏名とは、文字どおり、自然人の氏名をいうものであり、上記の規定は、発明者が自然人であることを当然の前提とするものといえる。

  • 特許法29条1項の「発明をした者」は、特許を受ける権利の帰属主体にはなり得ないAIではなく、自然人をいうものと解するのが相当である。

特許法66条は、特許権は設定の登録により発生する旨規定しているところ、同法29条1項は、発明をした者は、その発明について特許を受けることができる旨規定している。そうすると、AIは、法人格を有するものではないから、上記にいう「発明をした者」は、特許を受ける権利の帰属主体にはなり得ないAIではなく、自然人をいうものと解するのが相当である。

  • 「発明者」にAIが含まれると解した場合、AI発明に関係している者のうち、いずれの者を発明者とすべきかについて、法令上の根拠を欠くことになる。

特許法に規定する「発明者」にAIが含まれると解した場合には、AI発明をしたAI又はAI発明のソースコードその他のソフトウェアに関する権利者、AI発明を出力等するハードウェアに関する権利者又はこれを排他的に管理する者その他のAI発明に関係している者のうち、いずれの者を発明者とすべきかという点につき、およそ法令上の根拠を欠くことになる。

  • 「発明者」にAIが含まれるとすれば、特許法29条2項の「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(いわゆる当業者)にAIが含まれることになるが、AIと自然人の創作能力を同一であると判断するのは困難であるから、自然人が想定されていた「当業者」という概念を、AIに適用することは相当ではない。

特許法29条2項は、特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、進歩性を欠くものとして、その発明については特許を受けることができない旨規定する。しかしながら、自然人の創作能力と、今後更に進化するAIの自律的創作能力が、直ちに同一であると判断するのは困難であるから、自然人が想定されていた「当業者」という概念を、直ちにAIにも適用するのは相当ではない。

次に、原告の主張に対し、以下のように判断をしました。

  • 原告は、現行特許法にAI発明の権利者に関する規定がないことはAI発明の保護を否定する理由にはならないと主張するが、現行特許法においてAI発明の発明者を定めることは困難である。
  • 原告の主張は、立法論であれば格別、特許法の解釈適用としては、その域を超えるものというほかない。

原告は、我が国の特許法には諸外国のように特許を受ける権利の主体を発明者に限定するような規定がなく、特許法の制定時にAI発明が想定されていなかったことは、AI発明の保護を否定する理由にはならない旨主張する。しかしながら、自然人を想定して制度設計された現行特許法の枠組みの中で、AI発明に係る発明者等を定めるのは困難であることは、前記において説示したとおりである。この点につき、原告は、民法205条が準用する同法189条の規定により定められる旨主張するものの、同条によっても、果実を取得できる者を特定するのは格別、果実を生じさせる特許権そのものの発明主体を直ちに特定することはできないというべきである。その他に、原告の主張は、AI発明をめぐる実務上の懸念など十分傾聴に値するところがあるものの、前記において説示したところを踏まえると、立法論であれば格別、特許法の解釈適用としては、その域を超えるものというほかない。

  • TRIPS協定は、「特許の対象」を規律の内容とするものであり、加盟国に対し、「権利の主体」である「発明者」にAIを含めるよう義務付けるものとまではいえない。

原告は、AI発明を保護しないという解釈はTRIPS協定27条1項に違反する旨主張する。しかしながら、同項は、「特許の対象」を規律の内容とするものであり、「権利の主体」につき、加盟国に対し、加盟国の国内特許法にいう「発明者」にAIを含めるよう義務付けるものとまでいえず

  • 欧州特許庁の見解は、一つの見解として参考にはなるものの、わが国の特許法の解釈を直ちに左右するものとはいえない。

原告主張に係る欧州特許庁の見解も、特許法に関する判断の国際調和という観点から一つの見解を示すものとして十分参考にはなるものの、属地主義の原則に照らし、我が国の特許法の解釈を直ちに左右するものとはいえず、本件に適切ではない。

  • 知的財産基本法2条1項も、AI発明を想定していなかったものと解するのが相当である。

原告は、知的財産基本法2条1項は「その他」と「その他の」の用法を混同しており、「発明」が「人間の創造的活動により生み出されるもの」に包含されると規定するものではない旨主張する。しかしながら、特許法がAI発明を想定していなかったことは、原告も認めるとおりであり、知的財産基本法2条1項も、立法経緯に照らし、文言どおり、AI発明を想定していなかったものと解するのが相当である。

以上のような理由から、判決は、発明者を「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」とする特許出願についてなされた出願却下処分に対する取消請求について、請求棄却の判断をしました。

その他

裁判所は、判決理由において、争点にかかる判断の他、AI発明のための制度設計をする余地があることについても繰り返し言及しています。

AIの自律的創作能力と、自然人の創作能力との相違に鑑みると、AI発明に係る権利の存続期間は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえた産業政策上の観点から、現行特許法による存続期間とは異なるものと制度設計する余地も、十分にあり得るものといえる。

AI発明に係る制度設計は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえ、国民的議論による民主主義的なプロセスに委ねることとし、その他のAI関連制度との調和にも照らし、体系的かつ合理的な仕組みの在り方を立法論として幅広く検討して決めることが、相応しい解決の在り方とみるのが相当である。

特許法にいう「発明者」が自然人に限られる旨の前記判断は、上記実務上の懸念までをも直ちに否定するものではなく、原告の主張内容及び弁論の全趣旨に鑑みると、まずは我が国で立法論としてAI発明に関する検討を行って可及的速やかにその結論を得ることが、AI発明に関する産業政策上の重要性に鑑み、特に期待されているものであることを、最後に改めて付言する。

当事者の主張にあらわれているように、AIによる発明がなされた場合には、AIを発明者として認めるにせよ、認めないにせよ、現行特許法においては解決が困難であり得る問題が生じることが考えられ、上記のように、判決理由において、立法等による解決の必要性について言及がされました。

諸外国における状況

本件出願の同一ファミリの出願は、これまでに18の国と地域で提出されています[8]

そのうち、南アフリカにおいては特許権が付与されておりますが、同国の特許審査は、ごく形式的な方式審査のみであり、方式審査で不備がなければ原則登録されることになります。

その他の国と地域においては、特許権は付与されておりません。

また、オーストラリアにおいては、特許庁がAIは発明者になることはできないとの判断を下した後の裁判の第一審において、AIは発明者になることができるとの判決を下しましたが、その後当該判決は覆され、結果として、AIは発明者となることはできず、自然人のみが発明者となることができると結論付けられました。

政策動向

日本

本判決のおよそ2週間後の令和6年5月28日、内閣に設置された知的財産戦略本部の「AI時代の知的財産権検討会」は、「中間とりまとめ[9]」を公表しました。こちらは有識者の見解をまとめたもので、法的拘束力を持つものではありませんが、今後の立法等の政策動向に関し参考になります(「中間とりまとめ」に関する解説はこちら)。

中間とりまとめでは、「AI技術の進展を踏まえた発明の保護の在り方」が検討課題として挙げられ、AIを利用した発明の取扱いの考え方、及び、AIの利活用拡大を見据えた進歩性等の特許審査上の課題について検討が行われました。

検討において、今後、発明創作過程におけるAIの利活用がさらに進んでいくことが予想されるとし、また発明創作過程におけるAIの利活用の実例を取り上げています。

もっとも、現時点では、AIは自然人による発明創作の支援のために利用されることが一般的であり、人間の関与を離れて自律的に発明を行うまでには至っておらず、従来の考え方に従って自然人の発明者を認定すべきと考えられるとし、今後AIが自律的に発明の特徴的部分を完成させることが可能となった場合の取扱いについては、引き続き必要に応じた検討を関係省庁との連携の上で進めることが望ましいと考えられるとしています。併せて、AI 自体の権利能力についても、引き続き必要に応じて検討を進めることが望ましいと考えられるとしています[10]

現時点では、AI自身が、人間の関与を離れ、自律的に創作活動を行っている事実は確認できておらず、依然として自然人による発明創作過程で、その支援のために AI が利用されることが一般的であると考えられる。このような場合については、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与した者を発明者とするこれまでの考え方に従って自然人の発明者を認定すべきと考えられる。すなわち、AIを利用した発明についても、モデルや学習データの選択、学習済みモデルへのプロンプト入力等において、自然人が関与することが想定されており、そのような関与をした者も含め、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したと認められる者を発明者と認定すべきと考えられる。 他方で、今後、AI 技術等のさらなる進展により、AIが自律的に発明の特徴的部分を完成させることが可能となった場合の取扱いについては、技術の進展や国際動向、ユーザーニーズ等を踏まえながら、発明者認定への影響を含め、引き続き必要に応じた検討を特許庁は関係省庁と連携の上で進めることが望ましいと考えられる。 また、AI 自体の権利能力(AI 自体が特許を受ける権利や特許権の権利主体になれるか)についても、国際動向等も踏まえながら、引き続き必要に応じて検討を進めることが望ましいと考えられる。

また、AI時代の知的財産権検討会等で行われた検討の成果や議論の内容をまとめ、令和6年6月4日に決定・公表された「知的財産推進計画2024[11]」においても同様のことが言及されています。

米国

米国においては、USPTOが、大統領令を受けて、2024年2月13日付で、AIを利用した発明についての発明者性に関するガイダンス[12]を公表しました。

当該ガイダンスでは、米国における特許出願では、発明者は自然人でなければならないとし[13]、その説明の中で、DABUSの出願に関する米国での訴訟に言及しています。

また、AIが特許発明の創出に貢献したような場合でも、発明に貢献した自然人が発明者としての資格を失うことはなく、自然人のみを発明者として記載しなければならないとしています。この考え方によれば、AIが自律的に創出したような発明であっても、その発明に貢献した自然人がいるのであれば、その自然人のみを発明者として記載することで特許を受けることでき、発明に貢献した自然人がいないのであれば、それが発明と呼べるようなものであるとしても、何人も特許を受けることはできないと考えられます。

III. AI-Assisted Inventions Are Not Categorically Unpatentable for Improper Inventorship

While AI systems and other non-natural persons [13] cannot be listed as inventors on patent applications or patents, the use of an AI system by a natural person(s) does not preclude a natural person(s) from qualifying as an inventor (or joint inventors) if the natural person(s) significantly contributed to the claimed invention, as explained in section IV of this notice. Patent applications and patents for AI-assisted inventions must name the natural person(s) who significantly contributed to the invention as the inventor or joint inventors (i.e.,meeting the Pannu [14] factors as explained in section IV). Additionally, applications and patents must not list any entity that is not a natural person as an inventor or joint inventor, even if an AI system may have been instrumental in the creation of the claimed invention. This position is supported by the statutes, court decisions, and numerous policy considerations.

その他、AIが関与した発明における自然人の貢献が発明者性を満たすかどうかについて、明確なテスト方法は存在しないとしながらも、どのように考えるべきであるかについての考え方を例示しています[14]。例えば、単にAIを所有・監督するだけであったり、AIに課題を提示するだけでは不十分であり得ることや、特定の課題の解決を意図してAIの設計、トレーニングをしたような場合には発明者性を満たし得ることなどが述べられています。

コメント

近年AIは目覚ましい進歩を遂げており、さらに発展していくことが予想されます。AIの利用は様々な分野で日に日に拡大しており、発明においても、ツールとしてAIを利用する事例がみられるようになってきています。今後、発明におけるAIの役割がより拡大し、「発明者」の定義に該当するような自然人の行為なくして発明が生まれることが当たり前となるような未来も全く想定できないものではなくなってきているように感じます。そのような場合、誰を発明者とすべきか、どのように権利を保護するか、といった問題が出てくることが予想されますが、それに対し立法等によってどのような対応がなされるのか、注目していきたいと思います。

 

脚注
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[1]  知財高判令和3年3月17日
https://www.ip.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail?id=5520

[2] 特許庁ホームページ「発明者等の表示について」

https://www.jpo.go.jp/system/process/shutugan/hatsumei.html

[3] 特許法29条第1項柱書、第33条第1項、第34条第1項

[4] https://artificialinventor.com/dabus-receives-a-us-patent/

[5] 太陽国際特許事務所 AI発明者DABUSプロジェクト特設ページ

https://www.taiyo-nk.co.jp/dabus/dabus06.html

[6] Imagination Engines Inc. Announces a New Patent That Is Arguably the Successor to Deep Learning and the Future of Artificial General Intelligence (AGI)

https://artificialinventor.com/dabus-receives-a-us-patent/

[7] WO2020/079499

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/WO-A-2020-079499/50/ja

[8] The Artificial Inventor Project Patent

https://artificialinventor.com/patent/

[9] 中間とりまとめ

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2024/0528_ai.pdf

[10] 中間とりまとめ 85頁

[11] 知的財産推進計画2024

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2024/pdf/siryou2.pdf

[12] Inventorship Guidance for AI-Assisted Inventions

https://www.federalregister.gov/documents/2024/02/13/2024-02623/inventorship-guidance-for-ai-assisted-inventions

[13] II. Inventors and Joint Inventors Named on U.S. Patents and Patent Applications Must Be Natural Persons

[14] B. Guiding Principles

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(文責・川崎)