大阪高等裁判所第8民事部(森崎英二裁判長)は、本年(令和4年)9月30日、研究委託契約違反の債務不履行を理由として神戸地方裁判所に提起された損害賠償請求訴訟につき、争点は特許を受ける権利に関係するものであって、契約違反の成否の判断には専門技術的事項の理解を要するものと認められることから、当該事件は民事訴訟法6条1項の「特許権に関する訴え」に該当するとして、管轄違いを理由に、神戸地方裁判所による原判決を取り消した上で、事件を大阪地方裁判所に移送する判決をしました。

判決は、民事訴訟法6条1項の「特許権に関する訴え」の意味を広く解する一方、その解釈にあたり、知的財産高等裁判所設置法の趣旨や移送に関する民事訴訟法の規定なども踏まえて丁寧に判示しています。民事訴訟のIT化が進む中、技術に関連する訴訟の実務を考える上で参考になると思われますので、紹介します。

ポイント

骨子

  • 「特許権」「に関する訴え」には、特許権そのものでなくとも特許権の専用実施権や通常実施権さらには特許を受ける権利に関する訴えも含んで解されるべきであり、また、その訴えには、前記権利が訴訟物の内容をなす場合はもちろん、そうでなくとも、訴訟物又は請求原因に関係し、その審理において専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定される場合も含まれるものと解すべきである。
  • 専属管轄の有無が訴え提起時を標準として画一的に決せられるべきこと(民訴法15条)からすると、「特許権」「に関する訴え」該当性の判断は、訴状の記載に基づく類型的抽象的な判断によってせざるを得ず、その場合には、実際には専門技術的事項が審理対象とならない訴訟までが「特許権」「に関する訴え」に含まれる可能性が生じるが、民訴法20条の2第1項は、「特許権」「に関する訴え」の中には、その審理に専門技術性を要しないものがあることを考慮して、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所において、当該訴訟が同法6条1項の規定によりその管轄に専属する場合においても、当該訴訟において審理すべき専門技術的事項を欠くことその他の事情により著しい損害又は遅滞を避けるため必要があると認めるときは、管轄の一般原則により管轄が認められる他の地方裁判所に移送をすることができる旨規定しているのであるから、この点からも、上記「特許権」「に関する訴え」についての解釈を採用するのが相当である。
  • 本件は、債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟として訴訟提起された事件であるが、その訴状の記載からは、その争点が、特許を受ける権利に関する契約条項違反ということで特許を受ける権利が請求原因に関係しているといえるし、その判断のためには専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定されることから、本件は「特許権」「に関する訴え」に含まれると解するのが相当である。

判決概要

裁判所 大阪高等裁判所第8民事部
判決言渡日 令和4年9月30日
事件番号
事件名
令和4年(ネ)第1273号
損害賠償請求控訴事件
裁判官 裁判長裁判官 森 崎 英 二
裁判官    植 田 智 彦
裁判官    渡 部 佳寿子
原審 神戸地方裁判所平成31年(ワ)第488号

解説

民事訴訟における管轄とは

管轄とは、広義には、ある訴えについて、我が国の裁判所が裁判権を有するか(国際裁判管轄)、また、有するとして、どの裁判所がその権限を分掌するか(狭義の管轄)、という問題で、民事訴訟法や裁判所法、民事執行法、民事保全法のような裁判手続に密接に関係する法律のほか、会社法などの個別の法律にも規定が置かれています。

知的財産分野でも、特許庁の審決や異議申立てにおける取消決定に対する取消訴訟等について、特許法その他の法律に管轄に関する規定が置かれています。

国際裁判管轄

国際裁判管轄とは

国際裁判管轄については、民事訴訟法3条の2以下に「日本の裁判所の管轄権」に関する規定があります。ここに定められているのは、どのような事件について日本の裁判所が裁判権を有するか、つまり、日本の主権の一作用としての司法権が及ぶか、ということです。例えば、外国の当事者間の外国における紛争について日本の裁判所に訴えがあっても、日本の裁判所には国際裁判管轄における管轄権がなく、訴えは却下されることになります。

国際裁判管轄について判断した結果日本の裁判所に裁判権がないと認められる場合、国内のどの裁判所に管轄があるかを決定することに意味はないため、論理的には、まず民事訴訟法3条の2以下の規定に基づいて日本の裁判所に管轄権があるかを決め、ここで管轄権があるとされた場合に、同法4条以下の規定に従って、国内でどの裁判所が管轄権を持つかを決めることになります。

今回紹介する判決では、国際裁判管轄の有無は問題になっていませんが、知的財産権との関係では、同法3条の5第3項に以下の規定があり、特許権など、設定登録によって生じる権利につき、日本に登録があるときは、その存否または効力に関する訴えの管轄権が日本の裁判所に専属することが定められています。

(管轄権の専属)
第三条の五 (略)
 知的財産権(知的財産基本法(平成十四年法律第百二十二号)第二条第二項に規定する知的財産権をいう。)のうち設定の登録により発生するものの存否又は効力に関する訴えの管轄権は、その登録が日本においてされたものであるときは、日本の裁判所に専属する。

対人管轄権と対物管轄権

なお、日本の裁判所の裁判権が及ぶ事件であっても、その当事者に裁判権が及ぶかは別問題です。例えば、外国の元首や外交使節、外国国家などには、原則として裁判権が及ばず、これらの者に対する訴えは、たとえ民事訴訟法上日本の裁判所の管轄権が及ぶ事件であったとしても、例外的な場合を除き、却下されることになります。このような人を基準とする管轄権は「対人管轄権」と呼ばれるのに対し、日本で登録された特許権の存否や効力など、事件の内容を基準とする管轄権は、「対物管轄権」と呼ばれることがあります。

管轄

管轄とは

ある訴えについて日本の裁判所に裁判権がある場合、訴え提起を受けた裁判所にその訴えの管轄があるかを判断することになります。管轄の一般原則では、職分管轄、事物管轄、土地管轄が検討され、すべての点で管轄を有する裁判所が管轄権を有することになります。

職分管轄は、裁判所が取り扱う職務の内容に基づく管轄で、判決手続は受訴裁判所が行い、執行手続きは執行裁判所が行うといった職務の分配が典型例です。訴訟について、審級ごとに地方裁判所や簡易裁判所から最高裁判所まで役割分担が定められているのも、職分管轄の一種とされています。

事物管轄とは、事件の内容による管轄です。訴額が140万円以下の訴えは簡易裁判所に、それを超える場合には地方裁判所に、それぞれ管轄が認められるのが事物管轄の例で、裁判所法24条1号、同法33条1項1号に規定されています。

土地管轄とは、同じ職分管轄、事物管轄に属する裁判所の中で、全国のどの裁判所が管轄を持つか、という問題です。例えば、当事者が東京と大阪にいる場合に、東京地方裁判所で訴えることができるのか、あるいは、大阪地方裁判所で訴えることができるのか、といったことが問題になります。

土地管轄における普通裁判籍と特別裁判籍

土地管轄を決める上で最も基本的な基準になるのは、以下の民事訴訟法4条に規定された被告の「普通裁判籍」で、具体的には、被告の住所や居所、主たる事業所の所在地等がその内容となります。

(普通裁判籍による管轄)
第四条 訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する。
 人の普通裁判籍は、住所により、日本国内に住所がないとき又は住所が知れないときは居所により、日本国内に居所がないとき又は居所が知れないときは最後の住所により定まる。
(略)
 法人その他の社団又は財団の普通裁判籍は、その主たる事務所又は営業所により、事務所又は営業所がないときは代表者その他の主たる業務担当者の住所により定まる。
(略)

普通裁判籍の例外となるのは「特別裁判籍」で、訴えの内容により、普通裁判籍以外の土地にも裁判籍が認められることがあります。例えば、以下の民事訴訟法5条1号や9号によれば、「財産権の訴え」や「不法行為に関する訴え」については、それぞれ、義務履行地や不法行為地にも裁判籍が認められることになります。

(財産権上の訴え等についての管轄)
第五条 次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定める地を管轄する裁判所に提起することができる。
 財産権上の訴え     義務履行地
(略)
 不法行為に関する訴え  不法行為があった地
(略)

この場合、原告は、普通裁判籍のある土地または特別裁判籍のある土地の裁判所のいずれに訴えを提起することもできますが、このように、複数の裁判所に管轄があることを「競合管轄」といいます。

当事者の意思による法定管轄の変更

上述のとおり、民事訴訟法は、土地管轄の決定について裁判籍による原則的なルールを定めています。このように、法律によって定められる管轄は「法定管轄」と呼ばれます。

裁判籍による第一審の法定管轄は、当事者の利益のために定められたものですので、当事者の意思によって変更することが認められます。このように、当事者の意思による変更が認められる管轄は、「任意管轄」と呼ばれます。

具体的には、以下の民事訴訟法11条及び同法12条により、当事者間の書面による合意がある場合と、裁判籍が認められない土地の裁判所における訴えに被告が応訴した場合に変更が認められます。これらのうち、合意による管轄は「合意管轄」と呼ばれ、応訴による管轄は「応訴管轄」と呼ばれます。

(管轄の合意)
第十一条 当事者は、第一審に限り、合意により管轄裁判所を定めることができる。
 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。
(略)

(応訴管轄)
第十二条 被告が第一審裁判所において管轄違いの抗弁を提出しないで本案について弁論をし、又は弁論準備手続において申述をしたときは、その裁判所は、管轄権を有する。

企業間契約の実務では、紛争処理に関する規定の中で、しばしば管轄裁判所の定めが置かれますが、これは、民事訴訟法11条1項の合意管轄についての定めであるといえます。多くの企業間契約における管轄合意条項では、後述の専属管轄が定められており、法定管轄が排斥されています。

なお、民事訴訟法11条1項により、土地管轄のほか、裁判所法で定められる事物管轄も合意によって変更することができ、また、国際裁判管轄も合意による変更が可能ですが(同法3条の7)、職分管轄を合意で変更することはできません。

専属管轄とは

上述の管轄の一般原則の例外として、特定の裁判所にのみ管轄が認められる場合があり、「専属管轄」と呼ばれています。専属管轄は、上述の管轄の合意によって定めることもできますが、公益的理由から法定管轄とされていることもあり、その場合には、当事者の合意で管轄を変更することはできません。その例としてしばしば引用されるのは、以下の会社法845条1項に定める会社の組織に関する訴えです。

(訴えの管轄及び移送)
第八百三十五条 会社の組織に関する訴えは、被告となる会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に専属する。
(略)

管轄の標準時

民事訴訟における管轄は、以下の民事訴訟法15条により、訴えの提起時を標準として定められることとなっています。

(管轄の標準時)
第十五条 裁判所の管轄は、訴えの提起の時を標準として定める。

訴訟においては、審理が進む中で主張事実が変わることもあれば、立証の不備から主張事実を認定することができない場合もありますが、そういった事情で裁判所の管轄権の有無が変動するのは不都合ですので、上記のような規定が置かれています。実際上は、訴状に記載された請求原因事実や訴状とともに提出された証拠から認定される事実に基づいて管轄が決定されることになります。

管轄違いの取扱い

管轄裁判所でない裁判所に訴えが提起された場合、裁判所は、以下の民事訴訟法16条1項に基づき、事件を管轄裁判所に移送します。

(管轄違いの場合の取扱い)
第十六条 裁判所は、訴訟の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを管轄裁判所に移送する。
(略)

第一審の裁判所が管轄裁判所でなかったにもかかわらず、終局判決がなされ、控訴審に移行したときは、以下の民事訴訟法299条1項に定めるとおり、当事者は、法定の専属管轄に反する場合を除き、管轄違いを主張することはできなくなります。

(第一審の管轄違いの主張の制限)
第二百九十九条 控訴審においては、当事者は、第一審裁判所が管轄権を有しないことを主張することができない。ただし、専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)については、この限りでない。
(略)

他方、専属管轄に反して第一審の判決がなされた場合、控訴審の裁判所は、以下の民事訴訟法306条に基づき、第一審の判決を取り消すことになります。

(第一審の判決の手続が違法な場合の取消し)
第三百六条 第一審の判決の手続が法律に違反したときは、控訴裁判所は、第一審判決を取り消さなければならない。

また、控訴裁判所が管轄違いを理由に第一審判決を取り消すときは、以下の民事訴訟法309条に基づき、判決で、事件を管轄裁判所に移送しなければなりません。

(第一審の管轄違いを理由とする移送)
第三百九条 控訴裁判所は、事件が管轄違いであることを理由として第一審判決を取り消すときは、判決で、事件を管轄裁判所に移送しなければならない。

上記規定に基づいて事件の移送を受けた裁判所は、改めて第一審の審理をすることになります。

管轄違い以外の理由による移送

管轄違いがない場合であっても、民事訴訟法17条は、以下のとおり、遅滞を避けたりする上で必要がある場合に、事件を他の裁判所に移送することを認めています。

(遅滞を避ける等のための移送)
第十七条 第一審裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、当事者及び尋問を受けるべき証人の住所、使用すべき検証物の所在地その他の事情を考慮して、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部を他の管轄裁判所に移送することができる。

また、民事訴訟法19条1項は、以下のとおり、当事者の申立てと相手方の同意がある場合にも、原則として移送を認めるものとしています。

(必要的移送)
第十九条 第一審裁判所は、訴訟がその管轄に属する場合においても、当事者の申立て及び相手方の同意があるときは、訴訟の全部又は一部を申立てに係る地方裁判所又は簡易裁判所に移送しなければならない。ただし、移送により著しく訴訟手続を遅滞させることとなるとき、又はその申立てが、簡易裁判所からその所在地を管轄する地方裁判所への移送の申立て以外のものであって、被告が本案について弁論をし、若しくは弁論準備手続において申述をした後にされたものであるときは、この限りでない。
(略)

もっとも、これらの規定に基づく移送は、裁判所に法定専属管轄がある場合には認められません。

(専属管轄の場合の移送の制限)
第二十条 前三条の規定は、訴訟がその係属する裁判所の専属管轄(当事者が第十一条の規定により合意で定めたものを除く。)に属する場合には、適用しない。
(略)

知的財産関連訴訟の管轄

以上が民事訴訟における管轄の一般的な考え方ですが、知的財産に関連する訴訟の管轄については、民事訴訟法6条等が特許権等に関する訴えの管轄について、同法6条の2が意匠権等に関する訴えについて、それぞれ特則を設けています。また、特許法その他の産業財産権法には、審決等取消訴訟と呼ばれる、特許庁における審判や異議申立てにおける審決や決定に対する不服申立ての訴訟の管轄について特則が定められています。審決等取消訴訟は、特許庁の行政処分を対象とする行政訴訟ですので、行政事件訴訟法の特則に位置づけられます。

以下、それぞれについて解説します。

特許権等に関する訴えの第一審の管轄

民事訴訟法6条1項は、類型的に専門技術的事項の審理が求められる知的財産関連訴訟について、事物管轄が地方裁判所にある場合に、東京地方裁判所または大阪地方裁判所の専属管轄としています。平成8年の民事訴訟法改正では、これらの裁判所に他の地方裁判所との競合管轄を認めるにとどまっていましたが、平成15年改正により、専属管轄とされました。

この規定の対象となるのは、①特許権、②実用新案権、③回路配置利用権及び④プログラムの著作物についての著作者の権利に関する訴えで、東京地方裁判所が管轄権を有するのは、東京高等裁判所、名古屋高等裁判所、仙台高等裁判所又は札幌高等裁判所の管轄区域内に裁判籍がある場合で、大阪地方裁判所が管轄権を有するのは、大阪高等裁判所、広島高等裁判所、福岡高等裁判所又は高松高等裁判所の管轄区域内に裁判籍がある場合です。

(特許権等に関する訴え等の管轄)
第六条 特許権、実用新案権、回路配置利用権又はプログラムの著作物についての著作者の権利に関する訴え(以下「特許権等に関する訴え」という。)について、前二条の規定によれば次の各号に掲げる裁判所が管轄権を有すべき場合には、その訴えは、それぞれ当該各号に定める裁判所の管轄に専属する。
 東京高等裁判所、名古屋高等裁判所、仙台高等裁判所又は札幌高等裁判所の管轄区域内に所在する地方裁判所 東京地方裁判所
 大阪高等裁判所、広島高等裁判所、福岡高等裁判所又は高松高等裁判所の管轄区域内に所在する地方裁判所 大阪地方裁判所

これらの訴訟類型では、簡易裁判所に事物管轄があること、すなわち、訴額が140万円以下であることは少ないため、実質的には、技術系の知財訴訟は、東京地方裁判所または大阪地方裁判所の管轄に専属するものといえます。また、特許権等の侵害行為は広く全国で行われることが多いため、特許権等に関する訴えの中でも、侵害訴訟については、東京地方裁判所と大阪地方裁判所の双方に管轄が認められることが珍しくなく、この場合、両者の関係は、競合管轄となります。

なお、事例は少ないと思われるものの、特許権等に関する訴えであっても、訴額が140万円以下の事件については事物管轄が簡易裁判所にあることになりますが、その場合にも、以下の民事訴訟法6条2項により、東京地方裁判所または大阪地方裁判所に提起することが認められています(以後は、事物管轄が地方裁判所にあることを前提に解説します。)。

(特許権等に関する訴え等の管轄)
第六条 (略)
 特許権等に関する訴えについて、前二条の規定により前項各号に掲げる裁判所の管轄区域内に所在する簡易裁判所が管轄権を有する場合には、それぞれ当該各号に定める裁判所にも、その訴えを提起することができる。

特許権等に関する訴えの第一審における移送

特許権等に関する訴えが、東京地方裁判所または大阪地方裁判所のうち管轄を有する裁判所以外の裁判所に提起された場合、受訴裁判所は、上述の民事訴訟法16条1項により、上記いずれかの裁判所に移送をすることになります。

また、管轄違い以外の場合についても、民事訴訟法は、特許権等に関する訴えの移送について、2つの規定を置いています。その1つは、「訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため」東京地方裁判所または大阪地方裁判所に移送すべき場合や当事者の合意によってそれらの裁判所のいずれかに移送すべき場合で、以下の民事訴訟法20条2項に規定があります。

(専属管轄の場合の移送の制限)
第二十条 (略)
 特許権等に関する訴えに係る訴訟について、第十七条又は前条第一項の規定によれば第六条第一項各号に定める裁判所に移送すべき場合には、前項の規定にかかわらず、第十七条又は前条第一項の規定を適用する。

上記規定の適用が典型的に想定されるのは、東京地方裁判所または大阪地方裁判所のいずれかに特許権等に関する訴えが提起された場合において、他方の裁判所に訴訟を移送する場合ですが、特許権等に関する訴えが、民事訴訟法6条2項による管轄を用いず、簡易裁判所に提起された場合にも、この規定によって東京地方裁判所または大阪地方裁判所に移送されることがあり得るものと思われます。

もう1つの規定は、以下の民事訴訟法20条の2第1項で、特許権等に関する訴えの専属管轄の例外として、「当該訴訟において審理すべき専門技術的事項を欠くことその他の事情により著しい損害又は遅滞を避けるため必要があると認めるとき」に、普通裁判籍や特別裁判籍、管轄合意といった土地管轄の一般的な決定基準に従い、各地の地方裁判所に訴訟を移送することを認めています。

(特許権等に関する訴え等に係る訴訟の移送)
第二十条の二 第六条第一項各号に定める裁判所は、特許権等に関する訴えに係る訴訟が同項の規定によりその管轄に専属する場合においても、当該訴訟において審理すべき専門技術的事項を欠くことその他の事情により著しい損害又は遅滞を避けるため必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部を第四条、第五条若しくは第十一条の規定によれば管轄権を有すべき地方裁判所又は第十九条第一項の規定によれば移送を受けるべき地方裁判所に移送することができる。
(略)

この規定は、専門技術的事項の審理の必要がない場合には、普通裁判籍や特別裁判籍、管轄合意による方が当事者の利益に資することを理由とするもので、規定内容は上述の民事訴訟法17条と類似していますが、同条は「他の管轄裁判所」に移送することを定めたものであるのに対し、上記規定は、専属管轄裁判所である東京地方裁判所または大阪地方裁判所以外の裁判所への移送も認めるものである点で異なります。

特許権等に関する訴えの終局判決に対する控訴の管轄

特許権等に関する訴えの終局判決が東京地方裁判所または大阪地方裁判所でなされた場合、これに対する控訴については、以下の民事訴訟法6条3項により、いずれの裁判所の判決に対するものであっても、東京高等裁判所が専属管轄を有します。

(特許権等に関する訴え等の管轄)
第六条 (略)
 第一項第二号に定める裁判所が第一審としてした特許権等に関する訴えについての終局判決に対する控訴は、東京高等裁判所の管轄に専属する。ただし、第二十条の二第一項の規定により移送された訴訟に係る訴えについての終局判決に対する控訴については、この限りでない。

ただし、この規定による控訴があった場合においても、東京高等裁判所は、以下の民事訴訟法20条の2第2項に基づき、「控訴審において審理すべき専門技術的事項を欠くことその他の事情により著しい損害又は遅滞を避けるため必要があると認めるとき」という要件のもと、訴訟を大阪高等裁判所に移送することができます。

(特許権等に関する訴え等に係る訴訟の移送)
第二十条の二 (略)
 東京高等裁判所は、第六条第三項の控訴が提起された場合において、その控訴審において審理すべき専門技術的事項を欠くことその他の事情により著しい損害又は遅滞を避けるため必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、訴訟の全部又は一部を大阪高等裁判所に移送することができる。

なお、後述のとおり、これらの規定では東京高等裁判所が管轄を有するとされていますが、実際には、知的財産高等裁判所が控訴審の審理判決を行います。

特許権等に関する訴えの第一審の管轄違いの控訴審における取り扱い

特許権等に関する訴えの第一審が管轄を有する裁判所で審理されなかったものの、終局判決に至った場合、当事者は、上述の民事訴訟法299条1項ただし書により、控訴審において、管轄違いを主張することができ、また、裁判所は、上述の民事訴訟法306条により原判決を取り消し、同法309条により東京地方裁判所または大阪地方裁判所のいずれか管轄を有する裁判所に事件を移送することになります。

他方、特許権等に関する訴えにおける管轄違いの場合であっても、東京地方裁判所または大阪地方裁判所のいずれか一方にのみ管轄が認められる場合において、他方の裁判所に訴えが提起されてしまったというときは、以下の民事訴訟法299条2項の規定により、上記の同条1項ただし書の適用が排斥され、管轄違いの主張はできなくなります。

(第一審の管轄違いの主張の制限)
第二百九十九条 (略)
 前項の第一審裁判所が第六条第一項各号に定める裁判所である場合において、当該訴訟が同項の規定により他の裁判所の専属管轄に属するときは、前項ただし書の規定は、適用しない。

これは、東京地方裁判所または大阪地方裁判所のいずれかの裁判所で第一審の審理が行われたのであれば、専門技術的事項の適確な審理という専属管轄の目的を達成することができており、控訴審で管轄違いを問題にする必要はないからです。

意匠権等に関する訴えの管轄

民事訴訟法6条の2は、特許権等に関する訴えと比べて専門技術性が高くない知的財産関連訴訟につき、普通裁判籍や特別裁判籍によって定まる管轄裁判所と東京地方裁判所または大阪地方裁判所を競合管轄としています。

(意匠権等に関する訴えの管轄)
第六条の二 意匠権、商標権、著作者の権利(プログラムの著作物についての著作者の権利を除く。)、出版権、著作隣接権若しくは育成者権に関する訴え又は不正競争(不正競争防止法(平成五年法律第四十七号)第二条第一項に規定する不正競争又は家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律(令和二年法律第二十二号)第二条第三項に規定する不正競争をいう。)による営業上の利益の侵害に係る訴えについて、第四条又は第五条の規定により次の各号に掲げる裁判所が管轄権を有する場合には、それぞれ当該各号に定める裁判所にも、その訴えを提起することができる。
 前条第一項第一号に掲げる裁判所(東京地方裁判所を除く。) 東京地方裁判所
 前条第一項第二号に掲げる裁判所(大阪地方裁判所を除く。) 大阪地方裁判所

この規定は条文がやや読みにくいため、対象となる訴えを整理すると、以下のとおりです。
① 意匠権に関する訴え
② 商標権に関する訴え
③ 著作者の権利(プログラムの著作物についての著作者の権利を除く。)に関する訴え
④ 出版権に関する訴え
⑤ 著作隣接権に関する訴え
⑥ 育成者権に関する訴え
⑦ 不正競争防止法2条1項に規定する不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴え
⑧ 家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律2条3項に規定する不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴え

なお、控訴審の管轄や移送などの考え方は、管轄の一般原則によることとなります。

審決等取消訴訟の管轄

産業財産権各法には、審決等取消訴訟について、東京高等裁判所の専属管轄とする規定が置かれています。そのため、審決等取消訴訟については、第一審の審理が高等裁判所で行われることになります。

具体的な規定として、特許法には、同法178条に以下の規定があります。

(審決等に対する訴え)
第百七十八条 取消決定又は審決に対する訴え及び特許異議申立書、審判若しくは再審の請求書又は第百二十条の五第二項若しくは第百三十四条の二第一項の訂正の請求書の却下の決定に対する訴えは、東京高等裁判所の専属管轄とする。
(略)

また、同趣旨の規定は、実用新案法47条1項、意匠法59条1項及び商標法63条1項にも置かれています。

なお、ここでも、実際に審決等取消訴訟を取り扱うのは、知的財産高等裁判所です。

東京高等裁判所と知的財産高等裁判所の関係

上述のとおり、特許権等に関する訴えの控訴審や審決等取消訴訟は東京高等裁判所の専属管轄とされているにもかかわらず、実際には、知的財産高等裁判所で審理されます。

これは、以下の知的財産高等裁判所設置法2条によるもので、知的財産高等裁判所を東京高等裁判所の「特別の支部」に位置づけ、東京高等裁判所の管轄に属する知的財産事件について、知的財産高等裁判所に職分管轄を認めているからです。

(知的財産高等裁判所の設置)
第二条 東京高等裁判所の管轄に属する事件のうち、次に掲げる知的財産に関する事件を取り扱わせるため、裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)第二十二条第一項の規定にかかわらず、特別の支部として、東京高等裁判所に知的財産高等裁判所を設ける。
 特許権、実用新案権、意匠権、商標権、回路配置利用権、著作者の権利、出版権、著作隣接権若しくは育成者権に関する訴え又は不正競争(不正競争防止法(平成五年法律第四十七号)第二条第一項に規定する不正競争又は家畜遺伝資源に係る不正競争の防止に関する法律(令和二年法律第二十二号)第二条第三項に規定する不正競争をいう。)による営業上の利益の侵害に係る訴えについて地方裁判所が第一審としてした終局判決に対する控訴に係る訴訟事件であってその審理に専門的な知見を要するもの
 特許法(昭和三十四年法律第百二十一号)第百七十八条第一項の訴え、実用新案法(昭和三十四年法律第百二十三号)第四十七条第一項の訴え、意匠法(昭和三十四年法律第百二十五号)第五十九条第一項の訴え又は商標法(昭和三十四年法律第百二十七号)第六十三条第一項(同法第六十八条第五項において準用する場合を含む。)の訴えに係る訴訟事件
 前二号に掲げるもののほか、主要な争点の審理に知的財産に関する専門的な知見を要する事件
 第一号若しくは第二号に掲げる訴訟事件又は前号に掲げる事件で訴訟事件であるものと口頭弁論を併合して審理されるべき訴訟事件

この規定が適用されるのは東京高等裁判所の管轄に属する事件ですので、事物管轄が地方裁判所にある特許法等に関する訴えの控訴審や審決等取消訴訟には常に適用されるのに対し、意匠法や商標法に関する訴えの控訴審が知的財産高等裁判所の管轄に属するのは、第一審の訴訟が、管轄の一般原則によって東京高等裁判所の管区内の地方裁判所に係属した場合に限られることになります。

なお、知的財産高等裁判所設置法は、民事訴訟法6条1項が専属管轄に改められた平成15年民事訴訟法改正の翌年である平成16年に成立し、平成17年に施行されています。

「特許権に関する訴え」の意味

民事訴訟法6条1項は、適用対象を「特許権・・・に関する訴え」としているため、特許権侵害訴訟など、直接的に特許権に基づく訴えよりも広い範囲の訴えがこれに該当するものと解されます。

そのため、どのような訴えが「特許権に関する訴え」に該当するかが問題となるところ、この点について、知財高決平成 28 年 8 月 10 日平成 28 年(ラ)第 10013 号は、以下のとおり述べ、「特許権侵害を理由とする差止請求訴訟や損害賠償請求訴訟、職務発明の対価の支払を求める訴訟等に限られず、特許権の専用実施権や通常実施権の設定契約に関する訴訟、特許を受ける権利や特許権の帰属の確認訴訟、特許権の移転登録請求訴訟、特許権を侵害する旨の虚偽の事実を告知したことを理由とする不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟等を含む」との考え方を示しています。

民事訴訟法6条1項の「特許権に関する訴え」に当たるか否かについては,訴え提起の時点で管轄裁判所を定める必要があり(同法15条),明確性が要求されることなどから,抽象的な事件類型によって判断するのが相当である。そして,同法6条1項が,知的財産権関係訴訟の中でも特に専門技術的要素が強い事件類型については専門的処理体制の整った東京地方裁判所又は大阪地方裁判所で審理判断することが相当として,その専属管轄に属するとした趣旨からすれば,「特許権に関する訴え」は,特許権侵害を理由とする差止請求訴訟や損害賠償請求訴訟,職務発明の対価の支払を求める訴訟等に限られず,特許権の専用実施権や通常実施権の設定契約に関する訴訟,特許を受ける権利や特許権の帰属の確認訴訟,特許権の移転登録請求訴訟,特許権を侵害する旨の虚偽の事実を告知したことを理由とする不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟等を含むと解するのが相当である。

この決定に先立つ知財高判平成 21 年 1 月 29 日平成20年(ネ)第10061号も、以下のとおり、同様の考え方を採用し、「特許権の専用実施権や通常実施権の設定契約に関する訴訟をも含む」との考え方を示しています。

民訴法6条1項によれば,「特許権…に関する訴え」については,東京地裁又は大阪地裁の専属管轄である旨が規定され,ここにいう「特許権に関する訴え」は,特許権に関係する訴訟を広く含むものであって,特許権侵害を理由とする差止請求訴訟や損害賠償請求訴訟,職務発明の対価の支払を求める訴訟などに限られず,本件のように特許権の専用実施権や通常実施権の設定契約に関する訴訟をも含むと解するのが相当である。

このように、実務的には、「特許権に関する訴え」を幅広く捉える考え方が定着しているといえます。

特許権に関する訴えの専属管轄外の裁判所による自庁処理の可能性

特許権に関する訴えの意味を広く解する場合、形式的に特許権に関するものであっても、専門技術的事項の審理を要しない訴えもそこに含まれる可能性が生じます。このような場合、東京地方裁判所または大阪地方裁判所の管轄地域外の当事者にしてみれば、民事訴訟法の一般原則による管轄裁判所で審理を受けられることに利益があります。そのため、特許権に関する訴えが東京地方裁判所または大阪地方裁判所以外の裁判所に提起された場合において、専門技術的事項についての審理を要しないときに、訴え提起を受けた裁判所がその審理判断をすることができるかが問題になります。

この点、特許権に関する訴えを離れた一般論としては、専属管轄の合意に反して民事訴訟の一般原則による管轄裁判所に訴えが提起された場合、上記の民事訴訟法17条や同法20条1項の趣旨により、訴訟の著しい遅滞を避け、または当事者の衡平を図るため必要があると認めるときは、受訴裁判所による自庁処理が可能であると解されています。他方、同法20条1項は、上述のとおり、法定専属管轄がある場合の移送は認めていません。

特許権に関する訴えについてみると、上述の民事訴訟法 20条の2は、第一審においても(1項)、控訴審においても(2項)、法定専属管轄外の裁判所への移送の可能性を残しています。そのため、特許権に関する訴えについては、法定専属管轄の原則的場合と比較して、同条の類推適用による自庁処理を容認しやすい状況にあるとはいえます。

この問題につき、岡田洋一「知的財産訴訟における管轄違反と移送」法律論叢第94巻第4・5合併号69-98頁によれば、民事訴訟法 20条の2第1項の類推適用によってこれを肯定する考え方もあるものの、現状では否定説が多数とされています(92頁)。

否定説によれば、特許権に関する訴えについて管轄違いがあるときは、まず民事訴訟法6条1項に従って東京地方裁判所または大阪地方裁判所に事件を移送し(同法16条)、その上で、移送を受けた裁判所が同法20条の2第1項によるさらなる移送の是非を判断すべきことになります。これは、実質的に、民事訴訟法 20条の2第1項に基づき専属管轄外の裁判所が審理することの是非の判断権限も、専属管轄裁判所の専権とすることを意味します。

否定説によって移送が2段階で行われる場合、審理の遅滞がかえって当事者の負担になり、同条項の本来の趣旨に反する可能性もありますが、他方で、昨今、裁判所の努力により知的財産訴訟のオンライン化が急速に進んでいることを考えると、再度の移送が必要になる事案は限られてくるとも感じられるところです。

なお、上記論考は、この点に関する裁判例として、原告の本店所在地を管轄する金沢地方裁判所を合意管轄裁判所とする実施許諾契約に基づく実施料請求訴訟につき、民事訴訟法 20条の2第1項の類推適用を一般的に否定することはせず、専門技術的事項の審理の必要性を理由に自庁処理を否定した同裁判所の決定(金沢地決平成18年6月14日判時1943号140頁)を紹介しています。

事案の概要

本件の原告は大阪府内に主たる事務所を有する医療法人で、免疫細胞を活性化させる物質「GcMAF」の製法について、神戸市内に主たる事務所を有する被告に研究を委託しました。その後、当該受託研究に従事していた被告の理事である研究者が、この研究テーマに関連する発明につき個人名義で特許出願をしたところ、原告は、当該発明は受託研究の成果であって、研究者が単独で出願したのは研究成果の帰属について協議義務を定めた研究委託契約に違反するものであるとして、被告に対し、神戸地方裁判所において、損害賠償を求める訴えを提起しました。

この訴えを受けた神戸地方裁判所は、事件について審理をした上で、出願にかかる発明は、受託研究の成果でないとはいえないとしつつ、原告と被告との間に十分な協議が行われたとして原告が主張する契約違反の事実を否定し、原告の請求を棄却しました。これを不服とした原告が、大阪高等裁判所に控訴したのが本件です。

判旨

判決は、まず、以下のように述べ、民事訴訟法6条1項及び知的財産高等裁判所設置法の趣旨に触れ、これを高度の専門技術的事項を内容とする審理の体制を整備することに求めています。

民訴法6条1項は、「特許権」「に関する訴え」については、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所の管轄に専属する旨規定し、同条3項本文は、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所が第1審として審理した「特許権」「に関する訴え」についての終局判決についての控訴は東京高等裁判所の管轄に専属する旨規定し、さらに知的財産高等裁判所設置法2条が、上記訴えは、同法に基づき東京高等裁判所に特別の支部として設置された知的財産高等裁判所が取り扱う旨規定している。上記各規定の趣旨は、「特許権」「に関する訴え」の審理には、知的財産関係訴訟の中でも特に高度の専門技術的事項についての理解が不可欠であり、その審理において特殊なノウハウが必要となることから、その審理の充実及び迅速化のためには、第1審については、技術の専門家である調査官を配置し、知的財産権専門部を設けて専門的処理態勢を整備している東京地方裁判所又は大阪地方裁判所の管轄に専属させることが適当であり、控訴審については、同じく技術の専門家である調査官を配置して専門的処理態勢を整備して特別の支部として設置した知的財産高等裁判所の管轄に専属させることが適当と解されたことにあると考えられる。

また、判決は、上記のような趣旨に加えて、「特許権に関する訴え」という文言に鑑みると、その対象には、特許権や通常実施権、専用実施権、特許を受ける権利に関する訴えも含まれ、また、こういった権利が訴訟物の内容をなす場合に限らず、「訴訟物又は請求原因に関係し、その審理において専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定される場合も含まれる」としました。

そして、このような趣旨に加え、民訴法6条1項が「特許権」「に基づく訴え」とせず「特許権」「に関する訴え」として、広い解釈を許容する規定ぶりにしていることも考慮すると、「特許権」「に関する訴え」には、特許権そのものでなくとも特許権の専用実施権や通常実施権さらには特許を受ける権利に関する訴えも含んで解されるべきであり、また、その訴えには、前記権利が訴訟物の内容をなす場合はもちろん、そうでなくとも、訴訟物又は請求原因に関係し、その審理において専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定される場合も含まれるものと解すべきである。

さらに、判決は、以下のとおり、管轄の標準時が訴え提起時であることから、「特許権に関する訴え」の該当性を類型的抽象的に判断した場合、結果的に専門技術的事項が審理対象とならないこともあり得るが、そのような場合には民事訴訟法20条の2第1項に基づく移送もあり得ることを指摘し、類型的抽象的に判断することが相当であるとしました。

専属管轄の有無が訴え提起時を標準として画一的に決せられるべきこと(民訴法15条)からすると、「特許権」「に関する訴え」該当性の判断は、訴状の記載に基づく類型的抽象的な判断によってせざるを得ず、その場合には、実際には専門技術的事項が審理対象とならない訴訟までが「特許権」「に関する訴え」に含まれる可能性が生じるが、民訴法20条の2第1項は、「特許権」「に関する訴え」の中には、その審理に専門技術性を要しないものがあることを考慮して、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所において、当該訴訟が同法6条1項の規定によりその管轄に専属する場合においても、当該訴訟において審理すべき専門技術的事項を欠くことその他の事情により著しい損害又は遅滞を避けるため必要があると認めるときは、管轄の一般原則により管轄が認められる他の地方裁判所に移送をすることができる旨規定しているのであるから、この点からも、上記「特許権」「に関する訴え」についての解釈を採用するのが相当である。

その上で、判決は、本件は特許を受ける権利に関連する訴訟であり、また、契約違反の有無は、対象となる発明が受託研究の範囲のものかにかかるため、その判断には専門技術的事項の理解を要すると述べ、以下のとおり、本件は「特許権に関する訴え」に含まれると判断しました。

本件は、債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟として訴訟提起された事件であるが、その訴状の記載からは、その争点が、特許を受ける権利に関する契約条項違反ということで特許を受ける権利が請求原因に関係しているといえるし、その判断のためには専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定されることから、本件は「特許権」「に関する訴え」に含まれると解するのが相当である。

上記検討の結果として、判決は、本件は大阪地方裁判所の専属管轄に属する事件であったとし、原判決は管轄違いを理由に取り消されるべきものとしました。

そうすると、大阪府内に主たる事務所を有する控訴人と神戸市内に主たる事務所を有する被控訴人との間における、控訴人の被控訴人に対する債務不履行の損害賠償請求である本件は、管轄の一般原則によれば債務の義務履行地である控訴人の主たる事務所の所在地を管轄する大阪地方裁判所又は被控訴人の主たる事務所の所在地を管轄する神戸地方裁判所が管轄権を有すべき場合であるから、本件訴訟は、民訴法6条1項2号により大阪地方裁判所の管轄に専属するというべきであって、神戸地方裁判所において言い渡された原判決は管轄違いの判決であって、取消しを免れない。

結論として、判決は、原判決を取り消したうえで、民事訴訟法309条に基づき、事件を大阪地方裁判所に移送しました。

コメント

判決は、制度趣旨や事案への当てはめが丁寧に記載されており、実務上参考になると思われますので、知的財産関連訴訟の管轄に関する考え方とともに紹介しました。判決の結論については、「特許権に関する訴え」の範囲を広く捉える現在の学説や裁判例の流れに沿ったものといえる一方、研究委託契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求まで民事訴訟法6条1項の適用を認めるとなると、訴え提起時を標準時として抽象的・類型的に判断することと馴染むのか、また、同条項の潜在的な適用範囲がかなり広くなり、外縁が不明確になる恐れもあるのではないか、といったことが検討課題になるように思われます。専属管轄の範囲を広く捉えていくなら、本件に見られるような審理の無駄を防止するため、同時に、民事訴訟法6条1項の適用基準の明確化も必要になりそうです。

なお、COVID-19の感染拡大後、東京、大阪の各地方裁判所においても、知的財産高等裁判所においても、知財関連訴訟の審理はすでに相当部分がオンラインで賄われており、特に侵害訴訟では証人尋問があまり行われないため、当事者が法廷に出廷するのは、技術説明会や口頭弁論終結時のみとされるのが原則となっているといっても過言ではありません。これにより、遠隔地からの出廷の負荷は軽減され、専門的審理体制を持つ裁判所への司法アクセスは向上したといえます。これまで、従来の法制度のもと、限られたリソースで工夫を重ねてきた裁判所の努力には、率直に感謝の念を持つところです。

本年5月には、民事訴訟のIT化を内容とする民事訴訟法の改正もあり、今後、その施行が進められて民事裁判のIT化がさらに進展すれば、専属管轄外の裁判所で審理することの必要性は一層低下すると予測されます。管轄を集中することの是非にはかねてより議論もあるところですが、国民から見たとき、知的財産分野のように、当事者がいずれも事業者であることが多く、かつ、技術面でも法制度面でも専門性が求められる訴訟については、IT化を背景に、専門的な審理体制を持つ裁判所で適切かつ迅速な審理を受けられる利益が、裁判所への地理的な近接性による利益を一層上回ってゆくことになるものと思われ、民事訴訟法6条の適用範囲を広く解することの妥当性が根拠づけられることになるのではないでしょうか。

本記事に関するお問い合わせはこちらから

(文責・飯島)