大阪地方裁判所第26民事部(杉浦正樹裁判長)は、本年(令和4年)2月28日、魚体内の血液除去に関する発明の発明者の認定が問題となった事案において、原告が被告とともに共同発明者に当たると判断し、特許権の権利者として登録されている被告に対し、その持分の2分の1を原告に移転するよう命じました。発明者の認定に関する具体的な事例として実務上参考になるため、紹介します。
ポイント
骨子
- 発明者とは、自然法則を利用した高度な技術的思想の創作に関与した者、すなわち、当該技術的思想を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成するための創作に関与した者を指すというべきである。
- 発明者となるためには、一人の者が全ての過程に関与することが必要なわけではなく、共同で関与することでも足りるというべきであるが、複数の者が共同発明者となるためには、課題を解決するための着想及びその具体化の過程において、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したことを要する。発明の特徴的部分とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち、従来技術には見られない部分、すなわち、当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分を指すものと解すべきである。
判決概要
裁判所 | 大阪地方裁判所第26民事部 |
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判決言渡日 | 令和4年2月28日 |
事件番号 | 令和2年(ワ)第7486号 |
事件名 | 特許権移転登録手続等請求事件 |
特許番号 | 特許第6633229号 |
発明の名称 | 高圧水の弓門内噴射による魚体内の血液の瞬間除去装置および方法 |
裁判官 | 裁判長裁判官 杉浦 正樹 裁判官 杉浦 一輝 裁判官 峯 健一郎 |
解説
発明者の認定
発明が生まれたとき、その発明者が特許を受ける権利を取得します(特許法29条1項)。しかし、発明の創作過程に複数人が関与するとき、その全員が特許法上の発明者に該当するとは限りません。
発明者とは、「自然法則を利用した高度な技術的思想の創作に関与した者,すなわち,当該技術的思想を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与した者」を指し、「管理者として,部下の研究者に対して一般的管理をした者や,一般的な助言・指導を与えた者や,補助者として,研究者の指示に従い,単にデータをとりまとめた者又は実験を行った者や,発明者に資金を提供したり,設備利用の便宜を与えることにより,発明の完成を援助した者又は委託した者等」は、上記のような創作活動に関与したとはいえないため、発明者に該当しません(知財高裁平成20年5月29日判決〔ガラス多孔体及びその製造方法事件〕)。
「当該技術的思想を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与した」か否かについては、まず、明細書の記載等から発明の特徴的部分を認定し、発明に至る経緯等から、当該特徴的部分の完成に関与したといえるか否かによって判断することが一般的です。ただし、具体的な判断手法は、技術分野によって違いがあります。例えば機械分野では、着想の段階で具体化の結果をある程度予測できるため、着想を提供したにすぎない場合でも発明者となり得る一方、化学分野では、「ある特異な現象が確認されたとしても,そのことのみによって直ちに,当該技術的思想を当業者が実施できる程度に具体的・客観的なものとして利用できることを意味するものではないというべきであり,その再現性,効果の確認等の解明が必要な場合が生ずる」と考えられており(前掲知財高裁平成20年5月29日判決)、現象を確認したにすぎない者は発明者と認められない場合があります。
発明者の認定は、本件のように、特許を受ける権利を有しない者による出願(冒認出願)や、特許を受ける権利の共有者の一部のみがした出願(共同出願違反)があったという事案のほか、職務発明の相当対価(利益)請求に関する事案でも問題となることがあります。
冒認出願・共同出願違反の救済としての特許権移転請求
冒認出願や共同出願違反があったとき、真の権利者や残りの共有者は、特許無効審判を請求することもできますが(特許法123条1項6号〔冒認出願の場合〕・2号〔共同出願違反の場合〕)、特許を無効にせず、自らも特許権者になることを望む場合もあります。
特許権設定登録前においては、無権利者や出願をした共有者に対して自らの権利の確認訴訟を提起し、その勝訴判決を特許庁長官に提出して出願人名義を変更することができます(東京地裁昭和38年6月5日判決〔自動連続給粉機事件〕)。他方、特許権設定登録後においては、平成23年改正で新設された特許権移転請求制度を利用し、特許権の持分全部の移転(冒認出願の場合)や共有持分の移転(共同出願違反の場合)を求めることができます。特許法74条1項は、特許権移転請求について次のとおり定めています。
特許が第百二十三条第一項第二号に規定する要件に該当するとき(その特許が第三十八条の規定に違反してされたときに限る。)又は同項第六号に規定する要件に該当するときは、当該特許に係る発明について特許を受ける権利を有する者は、経済産業省令で定めるところにより、その特許権者に対し、当該特許権の移転を請求することができる。
この請求に基づく特許権の移転が登録されると、その特許権は初めから請求者に帰属していたものとみなされます(同条2項)。
事案の概要
原告は、水産会社に28年間勤務し、日常業務の中で魚を新鮮な状態に保つ捌き方を模索していました。その一環として、原告は、魚のエラを切り、先端が鋭利な器具で脳を刺して脳死させ、尾部を切断し、その切断部分から魚の神経を抜き、水道ホースでエラに水を流して血抜きをする方法を着想し、遅くとも平成28年6月3日頃、養殖真鯛でこれを実演する動画をYouTubeにアップロードしました。
他方、魚の処理を研究していた被告は、上記動画を視聴し、SNSを通じて、上記動画の感想を述べるなど原告と連絡を取り合うようになりました。その後、被告は、平成30年1月29日、被告のみを発明者として、「高圧水の弓門内噴射による魚体内の血液の瞬間除去装置および方法」と題する発明(本件発明)について特許出願をし、令和元年12月20日、本件特許権の設定登録を受けました。
本件特許権には3つの請求項があるところ、請求項1には次のとおり記載されており、また、本件特許権の明細書(本件明細書)には次の【図1】が記載されています。
魚(10)の切断された尾部(12)より血5 液弓門(14)内に液体(20)を圧力を掛けて噴射することにより魚を生き締め(活〆)する魚体内の血液の瞬間除去装置(1)が、
液体に圧力を掛けて送出する加圧装置(100)と、該加圧装置から送出される圧力の掛かった液体(20)を送るためのホース(200)と、該ホースに接続される前記液体の流路の開閉を行うバルブ(300)と、該バルブに接続されるバルブが開状態の時に前記液体を噴射するノズル(400)と、からなり、
前記バルブ(300)は、ボタン(310)の押下げ乃至引上げによって流路(320)の開閉を行うとともに、前記ノズル(400)は、あらゆる大きさからなる魚の血液弓門の開口を密着封止しながらノズル先端部を挿入するとともに液体噴射中に魚が動くことによるノズル先端部の折れ、曲がり、破損を防止するため、太径の元部(410)から先端部(420)に向かって外形を先細のテーパ状に形成し、かつ、先端部中央の穴径を前記元部(410)の穴径より狭く形成した事を特徴とする高圧水の弓門内噴射による魚体内の血液の瞬間除去装置。
原告は、本件特許権について自らが単独又は共同の発明者であると主張して、被告に対し、特許法74条1項に基づき、持分全部(主位的請求)又は持分の2分の1(予備的請求)の移転(移転登録手続をすること)を求めました。
判旨
発明者認定の判断方法
裁判所は、以下のとおり、発明者となるためには、発明の特徴的部分、すなわち、当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分の完成に創作的に寄与したことを要するとの判断方法を示しました。
発明者とは、自然法則を利用した高度な技術的思想の創作に関与した者、すなわち、当該技術的思想を当業者が実施できる程度にまで具体的・客観的なものとして構成するための創作に関与した者を指すというべきである。発明者となるためには、一人の者が全ての過程に関与することが必要なわけではなく、共同で関与することでも足りるというべきであるが、複数の者が共同発明者となるためには、課題を解決するための着想及びその具体化の過程において、発明の特徴的部分の完成に創作的に寄与したことを要する。発明の特徴的部分とは、特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち、従来技術には見られない部分、すなわち、当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分を指すものと解すべきである。
本件発明の特徴的部分
裁判所は、本件明細書の記載から、以下のとおり、従来技術の問題点を認定しました。
- (従来はピアノ線等の細長い器具を魚の脊髄に沿って突き通していたが)細い線材を魚の脊髄に挿入するのは熟練した技術が必要となり、容易かつ効率的に魚を締めるのが困難であることや、脊髄の除去の他に血抜きが完全確実に行われないと残余の血で細菌が繁殖することとなり、満足な食感を維持することができないこと
- (神経弓門に圧縮空気又はガスを噴出するという方法もあるが)液体を用いていないため洗浄が不十分となり、残余の血液中で細菌の繁殖の可能性がある等、衛生面で十分とはいえず、十分な洗浄を追求して水洗い等の余分な工程が必要であること
- 全ての魚に対応したものではなく、利便性に欠けること
- 弓門に挿入するノズルの先端部が曲がったり折れたりすること
そして、裁判所は、本件発明がこのような問題点を解決するものであること等から、以下のとおり、本件発明における特徴的部分が①尾部の血液弓門から高圧液体を噴射して血抜きをすること、②ノズルの先端部分の形状をテーパ状にすることにあると認定しました。
このような本件各発明の解決すべき課題、課題解決手段及び効果に照らすと、本件各発明は、どのような大きさの魚であっても、瞬時にして簡潔確実に血抜きができる魚の生き締めの装置及びその方法を内容とするものであり、①魚の尾部の血液弓門から動脈又は静脈を含む血管内に圧力を掛けた高圧液体を噴射して魚の血抜きをすること(以下「特徴的部分①」という。)、②あらゆる大きさの魚に対応するための血液弓門の密着封止構造を実現すると共に、ノズル先端部の破損を抑制するため、ノズルの先端部分の形状をテーパ状にすること(以下「特徴的部分②」という。)を特徴とする魚の血抜き装置及びその方法であると認められる。
特徴的部分に対する原告の創作的寄与
平成28年6月3日頃、原告が上記血抜き方法(魚のエラを切り、先端が鋭利な器具で脳を刺して脳死させ、尾部を切断し、その切断部分から魚の神経を抜き、水道ホースでエラに水を流して血抜きをする方法)の実演動画をYouTubeにアップロードしました。そして、平成29年7月11日以降、被告がSNSを通じて原告に当該動画の感想を述べたことを契機に、同年12月23日まで、原告と被告との間で、原告の血抜き方法の改善に関するやり取りが継続的に行われました。
裁判所は、上記やり取りにおいて、被告が尾部を切断して血液弓門を露出させ、血液弓門から水圧を掛けて血抜きをすることは必ずしも想到していなかったものと推察される一方、原告が当初はエラから血抜きをしていたものの、被告が試作した「足踏み式試作品」(水が入ったペットボトル、足踏み式の加圧機及び先端の形状がテーパ状のノズルをホースで接続した器具)を見て、尾部を切断して血液弓門を露出させ、そこに先端を細くしたノズルを刺して水圧を掛け、神経抜きと血抜きを行う方法を着想したことがうかがわれること等から、以下のとおり、特徴的部分①について、原告の創作的寄与を認めました。
したがって、本件各発明の特徴的部分①は、被告が製作した足踏み式試作品に接したことを契機とするものの、長年の水産会社勤務、とりわけ魚の生き締めに関する実地での経験等を背景とした原告の着想及び具体化に基づくものといってよい。したがって、本件各発明の特徴的部分①の完成については、被告のみならず原告も創作的に寄与したものというべきである。
また、被告は、原告とのやり取りを開始する前にノズルの先端の形状がテーパ状である試作品を試作していましたが、やり取り開始後の当初は、原告も被告もノズルの形状については針状の極細ノズルとすることを念頭に検討を進めていました。しかし、その後、原告は、針状試作品では魚が暴れた際等にノズルが変形等してしまうなどの不具合があると結論付け、被告に対し、ノズルの形状をテーパ状にすることを提案しました。裁判所は、このような経緯から、以下のとおり、特徴的部分②についても、原告の創作的寄与を認めました。
このような経緯を経て、本件各発明は、あらゆる大きさの魚に対応するための血液弓門の密着封止構造を実現すると共に、ノズル先端部の破損を抑制するため、ノズルの先端部分の形状をテーパ状にすること(特徴的部分②)をその特徴的部分の1つとするものとして完成するに至ったものといえる。このことに鑑みると、特徴的部分②につき、最終的には被告の考えに基づき発明として完成したものの、課題を解決するための着想及びその具体化の過程においては、被告のみならず原告も創作的に寄与したものというべきである。
以上より、裁判所は、本件発明について原告と被告が共同発明者であると判断し、本件特許が特許法38条に違反してされたものであり、同法123条1項2号所定の要件に該当することから、原告が被告の持分2分の1の移転請求権を有すると認めました。
コメント
本判決は、発明者の認定に関する従来の判断手法を採用したものであり、目新しい点はありませんが、発明者の認定に関する近時の具体的な事例として、実務上参考になるものと思います。本件発明は機械分野に属しており、裁判所の判断手法は、発明の特徴的部分を着想したのが誰かを重視しているものと理解できます。
なお、発明者の認定については、同一企業内における争い(特許願に発明者として記載されている上司が真の発明者であるか等)や、共同研究開発のパートナー間における争いがよく見られますが、本件は、そのような関係にない2者がSNSを通じて共同で発明を創作したという事案であり、SNSによるコミュニケーションが発展した昨今ならではの事案であるといえます。
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(文責・溝上)