欧州委員会(European Commission)は、2021年7月8日、ドイツ自動車メーカー5社が乗用ディーゼル車向けの排出ガスの浄化に関する競争を制限したと認定し、約8億7500万ユーロの課徴金(日本のマスメディアでは制裁金とも呼ばれます)を課したと公表しました。本件は、5社の合意がEU機能条約(EU競争法)101条1項によって禁止されている技術開発カルテルに該当すると判断されたものですが、欧州委員会によれば、技術開発カルテルを取り上げた最初の決定であるということです。日本の競争政策にも影響を及ぼす可能性があり、日本企業にとっても注目の事案であるといえます。
技術開発カルテルは、適法な共同研究開発と紙一重のところがあります。本稿では、欧州委員会による報道発表(決定文はまだアップロードされていません)の内容を紹介したうえで、日本における技術開発カルテル及び共同研究開発の独占禁止法上の取扱いについて説明します。
ポイント
骨子
- ドイツ自動車メーカー5社が実際には技術上可能であったにもかかわらず、法令が要求するレベルを超える浄化に向けた競争を回避する旨を合意したことは、法令が要求するレベルを超える窒素酸化物の浄化やAdBlue(登録商標)の詰替品に関する競争を制限するものであり、EU機能条約101条1項(b)で明示的に定める違反行為の一種である技術開発制限(技術開発カルテル)に該当する。
- 技術開発カルテルは、日本においても許容されておらず、各種ガイドラインで注意喚起がされている。
- 共同研究開発において結果的に技術開発カルテルが行われるおそれがあり、技術開発カルテルと適法な共同研究開発は紙一重であるといえる。
決定概要
判断機関 | 欧州委員会 |
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公表日 | 2021年7月8日 |
事件番号 | AT.40178 |
関係人 | ダイムラー、BMW、フォルクスワーゲングループ(フォルクスワーゲン、アウディ、ポルシェ) |
解説
EU競争法におけるカルテル規制
EU競争法を定めるEU機能条約(TFEU: Treaty on the Functioning of the European Union)の101条1項は、共同行為規制として、域内市場の競争を制限する事業者間の協定等を禁止しています。
The following shall be prohibited as incompatible with the internal market: all agreements between undertakings, decisions by associations of undertakings and concerted practices which may affect trade between Member States and which have as their object or effect the prevention, restriction or distortion of competition within the internal market, and in particular those which:
(a) directly or indirectly fix purchase or selling prices or any other trading conditions;
(b) limit or control production, markets, technical development, or investment;
(c) share markets or sources of supply;
(d) apply dissimilar conditions to equivalent transactions with other trading parties, thereby placing them at a competitive disadvantage;
(e) make the conclusion of contracts subject to acceptance by the other parties of supplementary obligations which, by their nature or according to commercial usage, have no connection with the subject of such contracts.加盟国間の取引に影響を与えるおそれがあり,かつ,域内市場の競争の機能を妨害し,制限し,若しくは歪曲する目的を有し,又はかかる結果をもたらす事業者間の全ての協定,事業者団体の全ての決定及び全ての共同行為であって,特に次の各号の一に該当する事項を内容とするものは,域内市場と両立しないものとし,禁止する。
a 直接又は間接に,購入価格若しくは販売価格又はその他の取引条件を決定すること
b 生産,販売,技術開発又は投資を制限し又は統制すること
c 市場又は供給源を割り当てること
d 取引の相手方に対し,同等の取引について異なる条件を付し,当該相手方を競争上不利な立場に置くこと
e 契約の性質上又は商慣習上,契約の対象とは関連のない追加的な義務を相手方が受諾することを契約締結の条件とすること
(訳文は公正取引委員会ウェブサイトより)
同項によってカルテル(競争者間の合意)も規制されています。典型的なカルテルは、価格協定、数量制限、市場分割等ですが、実際のカルテルの対象は様々であり、同項は、技術開発(technical development)の制限も規制対象であることを明示しています。
もっとも、同項に該当する行為が全て規制されるものではありません。同条3項は、いわゆる適用免除を定めており、商品の生産・販売の改善又は技術的・経済的進歩の促進に資する行為については、欧州委員会は、他の要件(消費者への利益の公平な分配、必要不可欠性、競争排除可能性の不存在)の下で同条1項を適用しない旨を宣言することができます。
なお、適用免除には、個別適用免除と一括適用免除があります。一括適用免除(block exemption)は、規則によって一定の類型の協定等を一括して適用免除とするものであり、知的財産に関するものとしては、技術移転契約適用免除規則(TTBER: Commission Regulation (EU) No 316/2014 of 21 March 2014 on the application of Article 101(3) of the Treaty on the Functioning of the European Union to categories of technology transfer agreements)や研究開発協定適用免除規則(Commission Regulation (EU) No 1217/2010 of 14 December 2010 on the application of Article 101(3) of the Treaty on the Functioning of the European Union to certain categories of research and development agreements)があります。他方、個別適用免除は、個別の事案ごとに適用免除の可否を判断するものです。
事案の概要
2009年6月25日から2014年10月1日までの間、ダイムラー、BMW、フォルクスワーゲングループ3社の計5社は、SCR技術の開発について議論するための定例会議を開催していました。SCRとは、Selective Catalytic Reduction(選択式還元触媒)の略であり、SCR技術とは、乗用ディーゼル車から排出される有害な窒素酸化物(NOx)を除去する技術です。次の図のように、AdBlue(登録商標)とも呼ばれる尿素水を排出ガスに吹き込むことにより、それらが化学反応を起こし、窒素酸化物が無害な窒素と水に還元されます。
(欧州委員会の報道発表資料より)
上記定例会議において、5社は、実際には技術上可能であったにもかかわらず、法令が要求するレベルを超える浄化に向けた競争を回避する旨を合意しました。具体的には、5社は、AdBlueのタンク容量や詰替品について合意するとともに、AdBlueの平均消費量について共通理解を得たほか、これらに関する機密情報を交換していました。
決定要旨
欧州委員会は、5社の行為について、法令が要求するレベルを超える窒素酸化物の浄化やAdBlueの詰替品に関する競争を制限するものであり、EU機能条約101条1項(b)で明示的に定める違反行為の一種である技術開発制限(技術開発カルテル)に該当すると判断しました。
約8億7500万ユーロという課徴金の算定にあたっては、2013年のEEA域内における関係人の乗用ディーゼル車の売上額や最初の技術開発カルテル事案であることが考慮されました。
ダイムラーは、リニエンシー制度(違反行為者が違反内容を自ら欧州委員会に通報し、欧州委員会による調査に協力することの見返りとして、課徴金を減免する制度)を利用し、本件カルテルの存在を欧州委員会に通報した見返りとして、課徴金(約7億2700万ユーロ)の全額免除を受けました。また、フォルクスワーゲングループも欧州委員会の調査に協力した見返りとして45%の減額を受けました。
本決定は、和解手続を利用して行われました。和解手続(settlement procedure)は、カルテル事案において、欧州委員会が判断した違反行為や責任について関係人が争わないことにより、早期に手続を終了させるものであり、2008年に導入されました。和解手続を利用することにより、見返りとして、10%の課徴金減額を受けることができます。本件では、5社全てが10%の減額を受けています。
日本における技術開発カルテル及び共同研究開発の独占禁止法上の取扱い
日本におけるカルテルは、不当な取引制限(独禁法2条6項)として独占禁止法上問題となる可能性があります。
この法律において「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもつてするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいう。
条文上は「技術」を制限する行為も明示されていますが、日本における典型的なカルテルも価格協定、数量制限、市場分割等であり、公取委が取り上げるカルテルもそれらが中心です。
しかし、技術開発カルテルが許容されているわけではなく、例えば公取委の共同研究開発ガイドラインでは、問題となる場合の例として、「寡占産業における複数の事業者が又は製品市場において競争関係にある事業者の大部分が、各参加事業者が単独でも行い得るにもかかわらず、当該製品の改良又は代替品の開発について、これを共同して行うことにより、参加者間で研究開発活動を制限し、技術市場又は製品市場における競争が実質的に制限される場合」が挙げられています(第1の1)。また、事業者団体ガイドラインにおいても、「構成事業者が行う技術の開発又は利用を不当に制限すること」は市場における競争を実質的に制限する場合に独占禁止法に違反すると記載されています(第2の4)。技術開発カルテルを行えば、不当な取引制限に該当するものとして、排除措置命令の対象となるほか(独禁法7条)、コンプライアンス上の問題も生じます(なお、課徴金納付命令については、「商品若しくは役務の対価に係るもの」と「商品若しくは役務の供給量若しくは購入量、市場占有率若しくは取引の相手方を実質的に制限することによりその対価に影響することとなるもの」が対象です。独禁法7条の2第1項)。
他方、共同研究開発は、技術や製品が複雑化の一途をたどる現代において不可欠な企業活動であり、(共同研究開発の実施に伴う取決めは別として)共同化それ自体は、基本的に独占禁止法上問題となるものではありません。共同研究開発ガイドラインにおいても、「多くの場合少数の事業者間で行われており、独占禁止法上問題となるものは多くないものと考えられる」と記載されています(第1の1)。しかし、共同研究開発において、参加者が各自の技術レベルを最大限に発揮することができるかどうかは、共同研究開発の目的、予算、時間、人的リソース、他の参加者との関係等によって左右されます。結果として、参加者間において技術上可能なレベルより低いレベルで技術開発を行うことを合意すれば、本件事案のように技術開発カルテルとなるおそれがあります。技術開発カルテルと適法な共同研究開発と紙一重であるといえます。
この点について、欧州委員会は、今回の決定が適法な企業活動に悪影響を与えないように配慮しているようであり、報道発表資料によれば、EU競争法上の懸念が生じないSCR技術関連の協力行為(AdBlue補給孔の標準化、AdBlueの品質基準の協議、AdBlue注入ソフトウェアの共同開発)について関係人にガイダンスを提供したとのことです。
コメント
EUは、温室効果ガスの実質ゼロを目指す「グリーン・ディール」を掲げ、2021年7月14日には具体的な法案を発表するなど積極的に取り組んでいます。本決定もそのような流れと無関係ではなく、欧州委員会の競争政策を担当するマルグレーテ・ベステアー上級副委員長は「排出ガスによる汚染の対処に関する競争と革新は、ヨーロッパが野心的なグリーン・ディール目標を達成するために必要不可欠です。そして、本決定が示すように、我々は、この目標を危険にさらすあらゆる形態のカルテルに対して行動を起こすことを躊躇しません。(Competition and innovation on managing car pollution are essential for Europe to meet our ambitious Green Deal objectives. And this decision shows that we will not hesitate to take action against all forms of cartel conduct putting in jeopardy this goal.)」と述べています。本件事案が欧州委員会による立件に至ったのは、排出ガスの浄化技術に関するものであったことも大きかったと思われます。
もっとも、技術開発カルテルは環境対策に関係しない技術についても起こり得る問題であり、EUでビジネスを展開する企業においては、他社との協業にあたって、技術開発カルテルが紛れ込んでいないかを慎重に検討する必要があります。また、海外競争当局の動きは日本の公取委の政策にも影響を及ぼし得るため、日本国内のビジネスについても本決定は参考になるものと思われます。
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(文責・溝上)