概要

我が国が加入した特許法条約(Patent Law Treaty, PLT)が、我が国において平成28年6月11日に発効します。
これに先立ち、平成28年改正特許法において、特許法条約の規定を担保する規定が置かれています。

特許に関する主要な条約

特許権は、属地主義により、特許を取得した国でしか効力を有しません。
しかし、各国が全く異なる制度を取っていると、国際的なビジネスを展開する上で大きな支障が生じることになります。
そこで、以下のとおり、国際条約が制定されてきました。

1883年 パリ条約(工業所有権の保護に関するパリ条約)
1970年 特許協力条約(PCT)
1994年 TRIPS協定
2000年 特許法条約(PLT)

(なお、特許権以外では、著作権に関するベルヌ条約や、商標の国際登録に関するマドリッド協定議定書が制定されています。)

パリ条約では、①内国民待遇の原則(同盟国国民も内国民と同様の保護を受ける、2条)、②優先権制度(同盟国のいずれかの国の最初の出願から12か月以内に他の同盟国に出願すれば、出願の先後、新規性、進歩性等の判断基準時について最初の出願を基準にする、4条)、③各国工業所有権独立の原則(一国の権利の無効・消滅は他国の権利に影響を及ぼさない、4条の2、6条)という三大原則が定められています。

特許協力条約(Patent Cooperation Treaty, PCT)は、複数の国で出願する際の手続を効率化するものであり、加盟国特許庁へのPCT出願により、他の加盟国にも国内出願したのと同じ扱いを得ることができるようになりました。出願人にとっては、どの国に出願するかについて、パリ条約に基づく優先権主張であれば、最初の出願から12か月以内に他国に出願しなければなりません。これに対し、PCT出願であれば、30か月以内に国内移行手続を取ればよく、また、国際調査(及び希望すれば国際予備調査)が行われ、その結果を見て国内移行手続を取るかどうかを判断できるというメリットもあります。

TRIPs協定は、GATT(ウルグアイ・ラウンド)での協議を経て成立したWTO設立協定の付属書の一つで、①パリ条約の遵守を義務付けた上で、さらに保護の強化を規定する(パリプラスアプローチ)、②パリ条約の内国民待遇の原則とともに、最恵国待遇を基本とする、③加盟国に権利行使(エンフォースメント)手続の整備を義務付ける、④協定違反の場合には、WTOの中の紛争解決機関に提訴できることを特徴としています。

以上のほかに、特許制度の国際的調和を図るため、WIPO(世界知的所有権機関)でパリ条約改正や、特許調和条約(工業所有権の保護に関するパリ条約を特許に関し補完する条約)の制定協議が行われたものの、先進国と新興国の意見対立等により実現しませんでした。
そこで、WIPOは、1995年以降、比較的対立の少ない、実体面以外の特許手続についての国際調和を図ることとし、2000年に特許法条約(PLT)が作成されました。
なお、実体面での調和については、実体特許法条約 (SubstantivePatent Law Treaty, SPLT)の制定を目指して協議が行われてきましたが、先進国と新興国の意見対立等から、条約制定には至っていない状況です。

特許法条約の内容

特許法条約には、米、英、フランス、オーストラリア等の36カ国(2016年1月現在)が加入しています。
特許法条約は、出願人がどの締約国においても、間で同じような手続的保護が受けられるように、締約国及び締約国の官庁が以下の取扱いをすることを定めています。

1 出願日の認定要件(5条)

(ア)特許法条約に定める認定要件で出願日を認定する。
(イ)明細書(と外形上認められる部分)はいかなる言語でも提出できるものとする。
(ウ)欠落した明細書の一部・図面を補完できるものとする。
(エ)出願日設定のため、先にされた出願を明細書・図面の代わりとすることができるものとする。

2 出願手続の簡素化(6条)

(ア)PCT出願以上の要件は付加されないものとする。
(イ)出願書類に記載された事項、優先権主張の真実性、翻訳の正確性について、合理的な疑義がない限り証拠を要求されないものとする。
(ウ)締約国所定の要件を満たしていない場合、官庁は出願人に通知をし、出願人は要件を満たす機会及び意見を述べる機会を与えられるものとする。
(エ)モデル国際様式での出願を可能とする。
(オ)パリ条約に基づく優先権書類の翻訳文は、原則要求されないものとする。

3 期間延長(11条)

官庁は、出願手続に関し設定する期間について、原則2か月以上の延長申請を認めるものとする。

4 期間徒過に関する救済(12条)

期間徒過により権利を喪失した場合であっても、出願人等が相当な注意を払った、又は故意でなかった場合には、権利を回復できるものとする。

5 優先権主張の訂正・追加・回復(13条)

(ア)優先権主張の訂正・追加ができるものとする。
(イ)優先期間(12か月)経過後も、相当な注意を払った、又は故意でなかった場合、優先権を回復できるものとする。
(ウ)優先権証明書を提出できなかったのは出願人ではなく発行官庁の責任である場合、優先権を回復できるものとする。

6 代理の義務付けの例外(7条)

出願日設定のための特許出願、料金の単なる支払い、規則に定めるその他の手続、これらの手続の受領証の交付又は通知について、代理を義務付けてはならない。
権利存続のための料金はいかなる者でも支払えるものとする。

7 権利移転の登録(第16・17規則)

特許権の移転登録等にかかる申請は、旧権利者又は新権利者のいずれか一方の者による単独申請を可能とする。

特許法の改正内容

特許法条約加入に伴い、新特許法(平成28年4月1日施行)では、特許出願の手続面に関し、以下のとおり改正されました。

1 出願日の認定要件の明確化・手続の補完(特許法38条の2)

特許出願について、①特許を受けようとする旨の表示が明確でないと認められるとき、②特許出願人の氏名若しくは名称の記載がなく、又はその記載が特許出願人を特定できる程度に明確でないと認められるとき、③明細書が添付されていないときのいずれかに該当する場合を除いて、特許出願の願書を提出した日を特許出願の日として認定される。
また、①~③に該当した場合、特許庁からの通知の日から2か月以内であれば補完できる。

2 外国語での出願

明細書、特許請求の範囲、図面に含まれる説明及び要約書を英語以外の外国後でも記載できる。

3 明細書を添付しない出願(特許法38条の3)

自己が行った先の出願を参照すべき旨を主張する方法による特許出願である旨及び当該先の特許出願の出願番号等を願書に記載することにより、出願後に所定の手続を行うことを条件に、特許出願の願書に明細書の添付がなくても出願日が認定される。

4 明細書・図面の一部欠落の補完(特許法38条の4)

明細書又は図面の記載の一部が欠けていても、特許庁からの通知の日から2か月以内であれば補完できる。
補完した日が出願日となるのが原則だが、例外的に、欠落部分が優先権主張の基礎出願にすべて含まれているときは願書提出日が出願日となる。

5 期間経過後の応答期間等延長請求(特許法5条3項)

拒絶理由通知の応答期間等、特許法の規定による指定期間が過ぎた後であっても、2か月以内に限り、延長請求ができる(審判段階は除く)。

6 期間経過後の翻訳文の提出(特許法36条の2第3項、4項)

出願人は、所定期間(出願日〔優先日〕から1年4か月)内に外国語書面出願の翻訳文を提出できなかったとしても、特許庁による通知の日から2か月以内に限り、提出できる。

7 期間経過後の優先権証明書の提出(特許法43条6項~8項)

出願人は、所定期間内に優先権証明書を提出できなかったとしても、特許庁による通知の日から2か月以内に限り、提出できる。
また、優先権証明書の発効遅延により所定期間内に提出できなかった場合は、要件を満たす場合は、優先権証明書入手日から1か月以内(在外者は2か月)に提出できる。

8 期間経過後のPCT出願の特許管理人選任(特許法184条の11第3項、4項、6項)

PCT出願の出願人は、所定期間内に特許管理人選任の届出ができなった場合も、特許庁による通知の日から2か月以内に限り、届出ができる。
また、当該期間の経過によりみなし取下げになった場合も、期間とかに正当な理由があるときは救済される。

9 在外者の直接手続(特許法8条1項、同法施行令1条)

在外者も、分割出願等の特殊出願を除き、直接手続できる。
また、第4年以後の特許料も直接納付できる。

10 移転登録等の単独申請(特許登録令18条、38条)

所定の書類を添付することを条件に、当事者のうちいずれか一方の単独申請が認められる。また、不備のある場合には補正が可能である。

(文責 藤田)