著作権判例百選第4版(以下単に「旧百選」といいます。)の編者の1人であったY教授が、同百選第5版(以下単に「新百選」といいます。)について意に反して編者から除外されたことを契機として、新百選の複製・頒布等の差止仮処分を求めていた事件について、知的財産高等裁判所は、平成28年11月11日、東京地裁における保全決定を覆し、Y教授の申立を却下する抗告審決定をしました(以下「本決定」といいます。)。

ポイント

骨子

東京地方裁判所では、Y教授は旧百選の編集著作者であり、新百選は旧百選の二次的著作物に該当することなどから、新百選の複製・頒布等はY教授の著作権(翻案権、二次的著作物の利用に関する原著作物の権利)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害するおそれがあるとして、差止めが認められていました(仮処分決定・保全異議申立事件における認可決定。同認可決定を以下「原決定」といいます。)。
これに対し、今回の抗告審(知的財産高等裁判所)決定においては、Y教授は旧百選の編集著作者に該当せず、新百選の複製・頒布等の差止めは認められないと判断されました。

決定概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
決定日 平成28年11月11日
事件番号 平成28年(ラ)第10009号 保全異議申立決定に対する保全抗告事件
基本事件 東京地方裁判所平成27年(ヨ)第22071号仮処分命令申立事件
同庁平成28年(モ)第40004号保全異議申立事件
裁判官 裁判長裁判官 鶴岡稔彦
裁判官 杉浦正樹
裁判官 寺田利彦

解説

編集著作物とは

様々な素材からなる編集物は、その素材の選択又は配列によってい創作性を有すると認められると、個々の素材の著作物性や著作権の帰属に関わらず、著作物として保護されます(編集著作物、著作権法12条1項)。
例えば、いわゆるオムニバスについて見ると、オムニバスを構成する個々の作品は個々の作品の作者が著作権を有しますが、オムニバスを創作した人にも、編集著作物の著作権者としての権利が認められる可能性があります。

判例百選について

判例百選シリーズは、法律学の学術出版社である株式会社有斐閣が刊行する判例学習用教材で、法律学を学ぶものなら一度は手にする定番です。内容的には、各法分野において基本的論点を含む重要な判例を100件程度選び、これを原則として見開き2頁で紹介・解説するもので、個々の解説文は、各分野において選ばれた研究者や実務家が執筆します。
著作権判例百選は、初版以降数次の改訂を経ていますが、今般新百選の刊行にあたって紛争が生じました。

著作者の認定

ある著作物について、誰が著作者かを確定する作業を「著作者の認定」と呼びます。
今回問題となったのは、個々の解説文ではなく、その編集物としての著作権判例百選について、誰が著作者といえるか、という点であり、具体的には、判例・執筆者の選択・配列を創作したのは誰か、ということが争われました。

著作者の推定

著作権は、特許権と異なり、出願審査を経て権利が生じるわけではないため、著作者の認定には困難が伴う場合が珍しくありません。
そこで、著作権法は、以下の規定をおいて(著作権法14条)、著作物の公衆への提示に際し、氏名等が通常の方法により表示されているときは、その人を著作者と推定するとの規定をおいています。

著作物の原作品に、又は著作物の公衆への提供若しくは提示の際に、その氏名若しくは名称(以下「実名」という。)又はその雅号、筆名、略称その他実名に代えて用いられるもの(以下「変名」という。)として周知のものが著作者名として通常の方法により表示されている者は、その著作物の著作者と推定する。

旧百選では、Y教授の名前が編者として記載されていることから(ネット上で配信される決定文では、匿名で「A・Y・B・C編」とされています。)、Y教授の氏名を含む旧百選編者らの氏名が編集著作者名として通常の方法により表示されているといえ、Y教授について、著作者の推定(著作権法14条)が及ぶと判断されました。

本件の争点と原決定

本件では、上記の著作者の推定を覆すことができるかどうかが問題となりました。
この点、東京地裁の原決定は、Y教授が「他の編者と共に、判例113件の選択・配列と執筆者113名の割当てを項目立てを含めて決定、確定する行為をし」(原決定39頁)、また、「素材の選択及び配列に関する実質的な権限を有しそれに基づき実質的な関与をしたことは明らか」(原決定43頁)とし、Y教授は編集著作者に該当すると認めました。

共同編集著作物の著作者性の判断基準

本決定は、原決定を覆すに際し、まず、素材につき創作性のある選択及び配列を行った者が編集著作物の著作者に当たるとの一般論を示したうえで、共同編集著作物の著作者の認定が問題となる場合の判断基準を以下のとおり判示しました。

本件のように共同編集著作物の著作者の認定が問題となる場合、例えば、素材の選択、配列は一定の編集方針に従って行われるものであるから、編集方針を決定することは、素材の選択、配列を行うことと密接不可分の関係にあって素材の選択、配列の創作性に寄与するものということができる。そうである以上、編集方針を決定した者も、当該編集著作物の著作者となり得るというべきである。
他方、編集に関するそれ以外の行為として、編集方針や素材の選択、配列について相談を受け、意見を述べることや、他人の行った編集方針の決定、素材の選択、配列を消極的に容認することは、いずれも直接創作に携わる行為とはいい難いことから、これらの行為をしたにとどまる者は当該編集著作物の著作者とはなり得ないというべきである。

そして、判断の際には、ある者の行為の客観的ないし具体的な側面のみによって判断するのではなく、以下のように判断されるべきであると判示しました。

創作性のあるもの、ないものを問わず複数の者による様々な関与の下で共同編集著作物が作成された場合に、ある者の行為につき著作者となり得る程度の創作性を認めることができるか否かは、当該行為の具体的内容を踏まえるべきことは当然として、さらに、当該行為者の当該著作物作成過程における地位、権限、当該行為のされた時期、状況等に鑑みて理解、把握される当該行為の当該著作物作成過程における意味ないし位置付けをも考慮して判断されるべきである。

事実認定

本決定及び原決定において、旧百選の編集に関するY教授の客観的な行為として認定されたのは以下の事実でした。

  1. B教授・D教授が作成し、A教授の確認を経た判例と執筆者の割当案(以下「本件原案」といいます。)に対し、特定の実務家1名の削除及び3名の追加の提案(B教授が最終的には提案を採用)
  2. 編者会合への出席やメールでのやり取りを含む編者としての意見の表明
  3. ある章のタイトルについて「差止め」を「差止め等」に変更して逃げておいた方がよいとの示唆(本決定のみ)

他方、本決定でも原決定においても、Y教授が主張した以下の行為は、認定できるだけの証拠がないと判断されました。

  1. 平成20年9月頃D教授に判例の選択・配列につき具体的に意見を述べた。(認定されず)
  2. 上記(1)の際に判例の割当案まで意見を述べた。(認定されず)

あてはめ

本決定においては、上記事実認定のもと、以下のような事情を総合的に考慮すると、Y教授が旧百選の編集著作者ということはできないと判断されました。

  • 旧百選の編者選定にあたり、出版社担当者のEは、基本的には、体調面からしてY教授は編者とするにふさわしくないという考えを持っていた。
  • Eから相談を受けたA教授も、Eの考えに理解を示しつつ、安易にY教授を編者から外すわけにもいかず、Y教授が編者を引き受けることに強い意欲を示したこともあって、やむなく、Y教授を名目的ながらも旧百選の編者とすることとし、同時に、Y教授に対しては、原案作成に当たり口出ししないように強く注意を与えた。(なお、ここは、原決定21頁でA教授のY教授への注意の内容について「原案作成にはあまり口を出さないようにするように」と認定されたのとニュアンスが違います。)
  • このようなA教授の注意を受けたY教授も、A教授から原案作成の権限を取り上げられたものと理解したのであり、A教授の上記意図はおおむね正しくY教授に伝わったということができる。
  • A教授の意図はEやB教授にも伝わっていた。
  • 以上からすると、旧百選の編者選定段階において、少なくとも出版社、A教授、B教授及びY教授との間では、Y教授は「編者」の一人となるものの、原案作成に関する権限を実質上有しないか、又は著しく制限されていることにつき、共通認識が形成されていた。
  • Y教授は原案の作成作業には具体的に関与せず(B教授とD教授が作成)、原案の提示を受けた後もおおむね受動的な関与にとどまる。
  • 具体的な意見等を述べて関与した場面(上記(1)~(3))でも、その内容は、仮に創作性を認め得るとしても必ずしも高いとはいえない程度のものであった。
  • Y教授の関与の内容に鑑みると、Y教授としても、上記共通認識を踏まえ、自らの関与を謙抑的な関与にとどめる考えであったことがうかがわれる。

結論として、決定は以下のように述べています。

旧百選の編集過程において、Y教授は、その『編者』の一人とされてはいたものの、実質的にはむしろアイデアの提供や助言を期待されるにとどまるいわばアドバイザーの地位に置かれ、Y教授自身もこれに沿った関与を行ったにとどまるものと理解するのが、旧百選の編集過程全体の実態に適すると思われる。

なお、仮に上記1~3に加えて、Y教授が主張する4及び5の事実が認められたとした場合であっても、その創作性の程度は必ずしも高いとまでは思われないとして、Y教授が編集著作者に該当しないとの結論に変わりはないとされました。

結論としては、原決定でY教授が編集著作者に該当するとされたのとは対称的な判断となりました。

コメント

東京地裁で仮処分決定が出された際には、法学界で権威ある判例百選(しかも著作権)の出版差止めという前代未聞の事態に衝撃が走りましたが、知的財産高等裁判所は差止めを認めませんでした。
本決定は、共同編集著作物の著作者性を判断する際の参考になるものと思われます。また、このような紛争を回避するためには、執筆者との関係だけでなく、編者との関係においても、契約等での事前の手当てをしておくことが望ましいと考えられます。

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(文責・藤田)