米国最高裁判所は、本年(2026年)6月4日、スキニーラベル(先発医薬品の複数の用途・適応症のうち、特許が存続している特定の用途を添付文書から除外し、特許が切れた部分のみについて後発医薬品の承認を得る方法)を用いて市場参入した後発医薬品メーカーによる誘引侵害(induced infringement)の成否が争われた事件において、全員一致で、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)の判決を破棄する判決を言い渡しました。この判決は、後発医薬品メーカーHikma社が当該用途について誘引侵害を行ったとするAmarin社の主張を一応合理的(plausible)に成り立つとしていたCAFCの判決を破棄し、事件を差し戻すとともに、誘引侵害の成否は、医師が後発医薬品メーカーの表示等を侵害の指示・奨励として読み得るか(受け手の視点)ではなく、後発医薬品メーカーが積極的に侵害を奨励したか(行為者の視点)によって判断すべきであることを明確にしたものです。
ポイント
本判決の骨子
米国最高裁判所(以下、「最高裁」といいます。)は、Hikma社のスキニーラベルによる後発医薬品参入をめぐり、Amarin社の誘引侵害(induced infringement)の主張を一応合理的(plausible)に成り立つとしたCAFC判決を、全員一致で破棄し、差し戻す判決(以下、「本判決」といいます。)をしました。
誘引侵害の3要件(①第三者による直接侵害、②認識、③積極的行為)のうち、CAFCと最高裁との間で判断が分かれたのは、③「積極的行為」の認定基準です。CAFCは、「医師が後発医薬品メーカーの表示等を、侵害の指示・奨励として理解し得るか」という基準を採用しました(受け手基準)。これに対し最高裁は、CAFCの採った受け手基準を明確に否定し、③「積極的行為」とは、受動的な行為ではなく、特許侵害という結果をもたらすことを目的とした積極的な行為でなければならないとし(行為者基準)、これこそが誘引侵害の判断における中心的な争点であることを示しました。
“Most fundamentally, ‘inducement must involve the taking of affirmative,’ as opposed to passive, ‘steps to bring about the desired result’ of patent infringement. Global-Tech, 563 U. S., at 760.”
(筆者訳)最も基本的な点として、『誘発は、特許侵害という望ましい結果をもたらすための』受動的な『行為』ではなく、積極的な行為を伴わなければならない。Global-Tech, 563 U. S., at 760
“The central question is whether Amarin plausibly alleged that Hikma actively encouraged infringing use, not merely whether doctors could plausibly read the alleged statements as instructions to infringe.”
(筆者訳)中心的な争点は、Amarinが、Hikmaが侵害的使用を積極的に奨励したことを一応合理的に主張したか否かであって、単に医師が申立てにかかる発言を侵害の指示として一応合理的に読み得たか否かではない。
最高裁は、この行為者基準に基づき、Amarin社が主張する事情(スキニーラベルの記載、患者向けリーフレットの記載、ウェブサイトの表示、プレスリリースの内容)について、主に以下の3つの理由により、単独で見ても組み合わせて見ても、Hikma社による「積極的行為」を一応合理的に基礎づけるものではないとし、誘引侵害は成立しないと判断しました。
① 法令遵守・業界慣行に基づく記載には「明白な代替的説明」が成り立つ。
② CV使用制限の省略等の不作為は、「積極的誘発」の根拠にならない。
③ 治療分野表示・AB評価・売上高への言及といった曖昧な表現も、医師の行動についての推測と組み合わせただけでは、足りない。
判決概要
| 裁判所 | 米国最高裁判所 |
|---|---|
| 判決言渡日 | 2026年6月4日 |
| 事件番号 | No. 24-889 |
| 事件名 | Hikma Pharmaceuticals USA Inc., et al. v. Amarin Pharma, Inc., et al. |
| 法廷意見執筆者 | Jackson裁判官(全員一致) |
| 結果 | 原審(連邦巡回区控訴裁判所)判決を破棄し、差し戻し |
| 原審 | Amarin Pharma, Inc. v. Hikma Pharmaceuticals USA Inc., 104 F. 4th 1370 (Fed. Cir. 2024) |
解説
前提の確認
本判決を理解するうえで確認しておくべき事項としては、①米国のジェネリック医薬品承認制度(Hatch-Waxman法)の仕組み、②その中で用いられる「スキニーラベル」という手法の内容、③スキニーラベルがなぜ誘引侵害という問題を生じさせるのか、④誘引侵害の成立要件、があります。
以下では、まず米国のジェネリック医薬品承認制度(Hatch-Waxman法)の仕組みを説明したうえで、米国における誘引侵害の考え方について、従来の裁判例等をもとに確認します。
Hatch-Waxman法とジェネリック承認
米国では、FDA(食品医薬品局)が新薬を承認すると、他のメーカーがそのジェネリック版の販売承認を求めることができます。この仕組みを定めるのがHatch-Waxman法です。
この仕組みは、新薬メーカーに対して新薬の特許情報を公開させることから始まります。新薬メーカーは、新薬申請(NDA)に際し、①安全性・有効性を示す資料、②表示(ラベル)案に加えて、③対象特許の情報を提出しなければなりません(21 U.S.C. §355(b)(1)(A))。FDAは、この特許情報を、治療的同等性評価とあわせて「オレンジブック」という一覧にまとめて公表します。
後発医薬品メーカーは、新薬メーカーのように独自の安全性・有効性データを一から示す必要はなく、先発医薬品との生物学的同等性を示すことで承認を得られます。この簡略化された承認手続を簡略新薬申請(ANDA:Abbreviated New Drug Application)といいます。
パラグラフIV証明とセクションviii声明
オレンジブック掲載医薬品のジェネリック版についてANDAの承認を得ようとする後発医薬品メーカーは、掲載された特許への対応として、「パラグラフIV証明」と「セクションviii声明」という2つの選択肢のいずれかを取ります。
- パラグラフIV証明:21 U.S.C. §355(j)(2)(A)(vii)(IV)
21 U.S.C. §355(j)(2)(A)(vii)(IV)
(j)Abbreviated new drug applications
・・・
(2)(A)An abbreviated application for a new drug shall contain
・・・
(vii)a certification, in the opinion of the applicant and to the best of his knowledge, with respect to each patent which claims the listed drug referred to in clause (i) or which claims a use for such listed drug for which the applicant is seeking approval under this subsection and for which information is required to be filed under subsection (b) or (c)—
・・・
(IV)that such patent is invalid or will not be infringed by the manufacture, use, or sale of the new drug for which the application is submitted; and
・・・
(筆者訳)
21 U.S.C. §355(j)(2)(A)(vii)(IV)
(j) 簡略新薬申請
・・・
(2)(A) 簡略新薬申請には、以下を含まなければならない。
・・・
(vii) 第(i)号にいうリステッドドラッグ(承認済み医薬品)について特許請求する各特許、または、当該申請者が本項に基づく承認を求めている当該リステッドドラッグの用途について特許請求する各特許であって、(b)項または(c)項に基づき情報の提出が必要とされるものについて、申請者の意見において、かつ申請者が知る限りにおいて、以下のいずれかである旨の認証を含まなければならない――
・・・
(IV) 当該特許は無効である、または、申請対象となる新薬の製造、使用もしくは販売によって当該特許は侵害されない旨;および
・・・
パラグラフIV証明とは、後発医薬品メーカーが、対象特許が無効又は非侵害であると申告するものです(21 U.S.C. §355(j)(2)(A)(vii)(IV))。この申立て自体が特許法上の侵害行為とみなされ(35 U.S.C. §271(e)(2)(A))、先発医薬品メーカーはこれに対し特許訴訟を提起できます。これは、ANDA審査段階では、後発医薬品はまだ製造・販売されていないため、通常の意味での侵害行為は存在しないものの、Hatch-Waxman法は、市販開始を待たずに特許紛争を早期に解決できるようにするため、ANDAの提出行為自体を、特許法上、擬制的に侵害行為とみなすことにしている、というものです。後発医薬品メーカーがこの方法を取り、勝訴すれば、承認された全ての用途について販売できます。
(35 U.S.C. §271(e)(2)(A))
(2)It shall be an act of infringement to submit—
(A)an application under section 505(j) of the Federal Food, Drug, and Cosmetic Act or described in section 505(b)(2) of such Act for a drug claimed in a patent or the use of which is claimed in a patent,
(筆者訳)
(2)提出することは侵害行為となる—
(A)連邦食品医薬品化粧品法第505条(j)に基づく、または同法第505条(b)(2)に記載された特許で主張された医薬品、またはその使用が特許で主張されている医薬品に関する申請
- セクションviii声明:21 U.S.C. §355(j)(2)(A)(viii)
(21 U.S.C. §355(j)(2)(A)(viii))
(viii)
if with respect to the listed drug referred to in clause (i) information was filed under subsection (b) or (c) for a method of use patent which does not claim a use for which the applicant is seeking approval under this subsection, a statement that the method of use patent does not claim such a use.
(筆者訳)
(viii)
項(i)に記載された医薬品に関して、(b)または(c)小節に基づく情報が提出され、申請人が本小節の下で承認を求める使用方法特許に対して、その使用方法特許がそのような使用を主張していないという声明がある場合。
セクションviii声明とは、先発医薬品の特許が及ばない用途についてのみ販売する旨を申告するものです(21 U.S.C. §355(j)(2)(A)(viii))。この場合、後発医薬品メーカーは、なお特許で保護されている用途を表示(添付文書)から除外した「スキニーラベル」を提出しなければなりません(21 CFR §314.94(a)(8)(iv))。
(21 CFR §314.94(a)(8)(iv))
(iv) Comparison of approved and proposed labeling.
A side-by-side comparison of the applicant’s proposed labeling including, if applicable, any Medication Guide required under part 208 of this chapter with the approved labeling for the reference listed drug with all differences annotated and explained. Labeling (including the container label, package insert, and, if applicable, Medication Guide) proposed for the drug product must be the same as the labeling approved for the reference listed drug, except for changes required because of differences approved under a petition filed under § 314.93 or because the drug product and the reference listed drug are produced or distributed by different manufacturers. Such differences between the applicant’s proposed labeling and labeling approved for the reference listed drug may include differences in expiration date, formulation, bioavailability, or pharmacokinetics, labeling revisions made to comply with current FDA labeling guidelines or other guidance, or omission of an indication or other aspect of labeling protected by patent or accorded exclusivity under section 505(j)(5)(F) of the Federal Food, Drug, and Cosmetic Act.
(筆者訳)
(IV) 承認済みラベリングと申請予定ラベリングとの比較
申請者が提出するラベリング(該当する場合には、本章パート208に基づき要求されるMedication Guide(服薬ガイド)を含む。)について、先発医薬品(reference listed drug)の承認済みラベリングと左右対照形式で比較したものを提出するものとする。この比較においては、両者のすべての相違点について注記し、その内容を説明しなければならない。
医薬品について申請されるラベリング(容器ラベル、添付文書および、該当する場合にはMedication Guideを含む。)は、原則として、先発医薬品について承認されたラベリングと同一でなければならない。ただし、§314.93に基づく申立て(petition)により承認された相違に起因して必要となる変更、または、当該医薬品と先発医薬品が異なる製造業者によって製造または流通されることに起因して必要となる変更については、この限りではない。
申請者が提出するラベリングと先発医薬品について承認されたラベリングとのこのような相違には、例えば、以下のものが含まれる。・有効期限の違い
・製剤の違い
・バイオアベイラビリティ(生物学的利用能)の違い
・薬物動態の違い
・現行のFDAのラベリング・ガイドラインその他のガイダンスに適合させるために行われたラベリングの改訂
・特許によって保護されている効能・効果その他のラベリング上の事項、または連邦食品・医薬品・化粧品法(Federal Food, Drug, and Cosmetic Act)§505(j)(5)(F)に基づき独占権が付与されている効能・効果その他のラベリング上の事項の削除
スキニーラベル(虫食い承認)とは
本件でHikma社が採ったのはこの後者の方法(セクションviii声明)です。セクションviii声明によって特許で保護された用途を添付文書から除外することを、日本語では「スキニーラベル」、あるいは俗に「虫食い承認」と呼びます。これは、先発医薬品の適応の一部だけが欠けた状態で承認されることに由来する呼び方です。
もっとも、ジェネリック医薬品の添付文書の記載内容は、除外した用途を除き、先発医薬品の添付文書と「同一」でなければなりません(21 U.S.C. §355(j)(2)(A)(v))。これを「同一性の義務(duty of sameness)」といいます(PLIVA, Inc. v. Mensing, 564 U.S. 604, 616 (2011))。つまり、後発医薬品メーカーには表示内容を自由に書き換える裁量がありません。この点は、後述するとおり、本判決においてHikma社がラベルにCV使用制限の記載を省略していたことについて、それが同社の自発的な選択ではなく法令上の義務の帰結であるとして、積極的な誘発行為を否定する「明白な代替的説明」の基礎になっています。
21 U.S.C. §355(j)(2)(A)(v)
(v)
information to show that the labeling proposed for the new drug is the same as the labeling approved for the listed drug referred to in clause (i) except for changes required because of differences approved under a petition filed under subparagraph (C) or because the new drug and the listed drug are produced or distributed by different manufacturers;
(筆者訳)
(v)
新薬のラベル表示が、(i)項で言及されている承認された医薬品の表示と同じであることを示す情報。ただし、(C)項に基づく請願に基づく承認の違いや、新薬と記載された医薬品が異なる製造・流通によって製造または流通している場合を除く。
スキニーラベルと特許権侵害の問題
米国では、公知物質に基づく「物」の発明は特許対象外のため、医薬品の新規用途に関する特許は、多くの場合、医薬品そのものではなく、これを投与することで特定の効果を得るための「方法」を対象とする使用方法特許として取得されます。使用方法特許を実際に実施する主体、すなわち直接侵害する主体は、その方法どおりに医薬品を処方、投与する医師等の医療提供者であり、医薬品を製造、販売する後発医薬品メーカー自身ではありません。そのため、先発医薬品メーカーが後発医薬品メーカーの責任を追及するには、後発医薬品メーカーを直接侵害者として構成することはできず、後発医薬品メーカーが医療提供者による直接侵害を誘発したという構成、すなわち誘引侵害(35 U.S.C. §271(b))によることになります。スキニーラベルをめぐる紛争で誘引侵害が争点となるのは、対象特許がこのような使用方法特許であることに起因します。
§271(b)Whoever actively induces infringement of a patent shall be liable as an infringer.
(筆者訳)
§271(b)特許侵害を積極的に誘発した者は侵害者として責任を負う。
ジェネリック医薬品は定義上、先発医薬品と生物学的に同等であるとされるため(Caraco Pharm. Labs., Ltd. v. Novo Nordisk A/S, 566 U.S. 399, 405 (2012))、医療現場では、意図された用途が特許で保護されているかにかかわらず、両者が相互に処方、調剤される実態があります。全米50州及びコロンビア特別区が、医療提供者による先発医薬品からジェネリックへの代替を許可又は義務付けるジェネリック代替法を有しているため、後発医薬品メーカーは、自社製品がスキニーラベルで除外した用途にも一定程度使用されることを知り得る立場にあります。
しかし、米国特許法及び判例は、この「侵害的使用の可能性についての単なる認識」だけでは足りないとしてきました(Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. v. Grokster, Ltd., 545 U. S. 913, 937 (2005))。後発医薬品メーカーが責任を負うのは、あくまで「特許侵害を積極的に誘発(actively induce)」した場合に限られます(35 U.S.C. §271(b))。
誘引侵害の3要件
・条文の規定
誘引侵害は、35 U.S.C. §271(b)に規定されています。
§271(b)Whoever actively induces infringement of a patent shall be liable as an infringer.
(筆者訳)
§271(b)特許侵害を積極的に誘発する者は、侵害者として責任を負う。
同条は、「特許侵害を積極的に誘発する者は、侵害者としての責任を負う(Whoever actively induces infringement of a patent shall be liable as an infringer)」と定めるのみで、成立要件の具体的な内容までは条文上明らかにされていません。
・過去の裁判例による要件の整理
この簡潔な条文の要件は、その後の裁判例の積み重ねを通じて、①第三者による直接侵害が存在すること(Limelight Networks, Inc. v. Akamai Technologies, Inc., 572 U. S. 915, 920-921 (2014))、②被告が、誘発された行為が特許侵害を構成することを認識していたこと(Global-Tech Appliances, Inc. v. SEB S. A., 563 U. S. 754, 766 (2011))、③被告が、当該侵害を積極的に誘発する行為(積極的行為)を行ったこと(Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. v. Grokster, Ltd., 545 U. S. 913, 936 (2005))、の3要素として整理されてきました。この3要素の整理は、本件の下級審であるCAFC自身も、DSU Medical Corp. v. JMS Co., 471 F.3d 1293, 1304 (Fed. Cir. 2006)(関連部分についてen banc)等を引用して確認しています。
積極的行為(active steps)の意義
誘引侵害の第3要件である③「積極的行為(active steps)」の意義を定めるリーディングケースがGrokster判決です。同判決は、積極的誘発(actively induce)の典型例を、「違反行為の実行を他者に働きかけるよう設計されたメッセージを発信する広告又は勧誘」と説明しました(545 U.S., at 937)。同判決の被告(ファイル共有ソフトの配布業者)は、著作権侵害目的での利用を明示的に働きかけるニュースレターや、侵害を誘い込むよう設計されたプログラム名を用いており、こうした明確な働きかけがあったからこそ誘発が認められました。
重要なのは、Grokster判決が、積極的誘発(actively induce)の成立には「受動的な行為ではなく、積極的な行為」が必要であるとした点です(Global-Tech, 563 U.S., at 760)。また、「通常の商業活動を侵害すること」を避けるため、「製品流通に通常付随する行為」は誘発の根拠にならないともされています(Grokster, 545 U.S., at 937)。
近年のCAFCの傾向
もっとも、本判決に至るまでのCAFCの実務は、必ずしも③「積極的行為」の概念を厳格に運用してきたわけではありませんでした。とりわけ、GSK v. Teva事件(7 F.4th 1320 (Fed. Cir. 2021))以降、CAFCは、ラベルの記載内容単独では侵害を推奨・奨励しない場合であっても、マーケティング資料、プレスリリース、治療学的同等性評価(AB評価)、売上高等の周辺事情を組み合わせて考慮し、医療提供者がこれらを侵害的使用の指示・奨励として読み得るかという観点から、③「積極的行為」の要件を認定する事例が現れるようになりました。この「総合考慮・受け手基準」的なアプローチに、本件判決の下級審であるCAFC判決も従ったものです。
この傾向の下では、被告が明確に侵害的使用を指示、推奨していなくても、複数の周辺事情の組み合わせから医療提供者がそのように理解し得ると評価されれば、③「積極的行為」の要件が満たされ得ることになります。スキニーラベルを用いる後発医薬品メーカーにとっては、ラベル自体が法令上の義務に従ったものであっても、マーケティング上の周辺事情次第で誘引侵害の責任を問われるリスクが高まっていたことになります。
米国の「誘引侵害」と日本法との関係
後発医薬品メーカーの責任が誘引侵害という構成で追及されるのは、対象特許が医薬品の「使用方法」を保護する特許であるためです。この点は、米国特許制度における医薬関連発明の保護のあり方に由来します。米国では、既知の物質について新たに見出された医薬用途を、日本のように医薬品という「物」の発明として保護する制度がなく、このような発明は「方法」の発明として出願、登録されるのが実務です。その結果、使用方法特許を実際に実施する直接侵害者は、方法どおりに医薬品を処方・投与する医療提供者となり、医薬品を製造・販売する後発医薬品メーカー自身は直接侵害者になりません。
一方、日本の特許法には、米国の誘引侵害(inducement)に相当する一般的な制度は存在しません。特許法101条は「間接侵害」を定めていますが、これは、特許発明の実施にのみ用いる物の生産・譲渡等(同条1号・4号)や、発明による課題の解決に不可欠な物を、それが特許発明の実施に用いられることを知りながら生産・譲渡等する行為(同条2号・5号)など、限定された類型について、供給行為自体を侵害とみなすものにとどまります。第三者に対する発言や働きかけ一般を侵害の根拠とする、米国のような枠組みは存在しません。
そもそも日本では、米国とは異なり、医薬品の使用方法自体は特許による保護の対象とされていません。「人間を手術、治療又は診断する方法」は、産業上利用することができる発明に該当しないものとして、特許の対象から除外されているためです(特許法29条1項柱書。特許庁「特許・実用新案審査基準」第III部第1章3.1参照)。
3.1 産業上の利用可能性の要件を満たさない発明の類型
以下の(i)から(iii)までのいずれかに該当する発明は、産業上の利用可能性の 要件を満たさない。
(i) 人間を手術、治療又は診断する方法の発明
・・・
もっとも、日本の実務は、ある物の未知の属性の発見に基づき、その物の新たな医薬用途を提供する発明(医薬用途発明)を、「物」の発明として認めています(特許庁「審査ハンドブック」附属書B第3章「医薬発明」参照)。医薬用途発明は、特定の疾病への適用、又は投与時間・投与経路・投与量等の用法用量が特定された特定の疾病への適用によって特徴づけられ、有効成分や組成が公知の物と同一であっても新規性が認められます。
(3-2) 特定の属性に基づく医薬用途に関して
(3-2-1) 特定の疾病への適用
請求項に係る医薬発明の化合物等と、引用発明の化合物等とが相違しない場合であっても、請求項に係る医薬発明と引用発明とが、その化合物等の属性に基づき特定の疾病に適用するという医薬用途において相違点がある場合は、請求項に係る医薬発明の新規性は肯定される。
したがって、日本で新たに見出された医薬用途は、「〇〇を有効成分とする、△△病治療用医薬」といった形式で、医薬品という「物」自体の発明として特許による保護の対象とされます。特許権者は、この医薬用途発明について、後発医薬品メーカーが当該用途の医薬品を製造・販売する行為自体を直接侵害として追及できます。このように、日本では、新たな医薬用途について、「方法」の発明としてではなく、「物」の発明として特許の保護を受けることができるため、米国における誘引侵害のように、医療提供者の行為を介した構成によらざるを得ない場面は少ないと考えられます。
小括
ここまで見てきたとおり、米国において、先発医薬品メーカーと後発医薬品メーカーとの間でスキニーラベルをめぐる誘引侵害の紛争が生じる背景には、いくつかの要素が重なっています。
第一に、Hatch-Waxman法の下、後発医薬品メーカーは、セクションviii声明とスキニーラベルという手法を用いることで、先発医薬品の特許で保護された用途を避けつつ、他の用途について早期に市場参入することができます。もっとも、スキニーラベルは、特許で保護された用途への使用を完全に遮断するものではありません。ジェネリック医薬品は、先発医薬品と生物学的に同等であることを前提に承認されるため、医療現場では、意図された用途が特許で保護されているかにかかわらず、両者が相互に処方・調剤される実態があります。加えて、米国では、医療提供者による先発医薬品からジェネリックへの代替が許可又は義務付けされていますが、この代替は医薬品ごとに行われるものであり、用途(適応)ごとに区別されるものではありません。そのため、ジェネリック医薬品のラベルがスキニーラベルによって特許用途を除外していても、実際にはその用途のために処方・調剤される可能性が残ることになります。
第二に、米国においては、医薬品の新規用途に関する特許は使用方法特許となるため、これを実際に実施する直接侵害者は医師等の医療提供者であり、後発医薬品メーカー自身ではありません。そのため、先発医薬品メーカーが後発医薬品メーカーの責任を追及するには、誘引侵害の成立が問題となります。
第三に、誘引侵害の3要件のうち、①直接侵害の存在及び②認識の要件については、スキニーラベルをめぐる紛争では通常大きな争いになりません。争点となるのは、主に③「積極的行為」の該当性です。
第四に、この③「積極的行為」の認定基準について、GSK v. Teva判決以降のCAFCは、後発医薬品メーカー自身がどのような行為を行ったかではなく、医師がその発言等をどう理解し得るか、という受け手側の視点から判断する傾向を強めていました。そのため、ラベル自体が法令上の義務に従った適法なものであっても、その後のマーケティング上の発言等と組み合わせて医師がこれを侵害の指示・奨励として理解し得ると評価されれば、誘引侵害の責任を問われるリスクが後発医薬品メーカーにはつきまとっていたことになります。
そのため、後発医薬品メーカーのいかなる行動が、スキニーラベルをめぐる誘引侵害を構成するかが問題となります。本件のHikma v. Amarin事件は、この点が争われた事案です。以下では、事案の概要と本判決における最高裁の判断を見ていきます。
事案の概要
当事者
先発医薬品メーカー(被上訴人・原告):Amarin Pharma, Inc.、Amarin Pharmaceuticals Ireland Limited(原審・控訴審ではMochida Pharmaceutical Co., Ltd.=持田製薬も共同原告)
後発医薬品メーカー(上訴人・被告):Hikma Pharmaceuticals USA Inc.、Hikma Pharmaceuticals PLC(原審ではHealth Net LLCも被告とされていたが、同社との間では和解が成立しており、控訴審(CAFC)以降は問題とされていない)
対象医薬品
対象医薬品は、以下の高脂血症治療薬であるイコサペント酸エチル(魚油由来のオメガ3脂肪酸のエチルエステル)であり、Amarin社がブランド名Vascepa®として製造販売しています。

対象医薬品の2つの適応と対象特許
Vascepa®は、これまでに2つの適応について承認を取得しています。「SH適応」と「CV適応」です。
「SH適応」は、2012年に承認された、重度高トリグリセリド血症(血中トリグリセリド値500 mg/dL以上)の治療を目的とするものです。
「CV適応」は、2019年に承認された、スタチンを投与中の高トリグリセリド血症患者(血中トリグリセリド値150 mg/dL以上)における心血管リスク(心筋梗塞、脳卒中等)の低減を目的とするものです。
「SH適応」の承認当初、Vascepa®のラベルには「重度高トリグリセリド血症患者における心血管系の死亡率及び罹患率に対する効果は確定していない」とする使用制限(CV使用制限)が付されていました。2019年の「CV適応」承認に伴い、Amarin社はラベルからこのCV使用制限を削除するとともに、「CV適応」に係る使用方法をカバーする2件の特許を期限内にオレンジブックへ登録しました。
- 米国特許第9,700,537号(持田製薬が保有し、Amarin Pharma, Inc.に専用実施権を許諾)
- 米国特許第10,568,861号(Amarin Pharmaceuticals Ireland Limitedが保有し、同様に専用実施権を許諾)
一方Hikma社は、Vascepa®がまだ「SH適応」のみで承認されていた2016年、ジェネリックのイコサペント酸エチルについてANDAを提出し、当時の「SH適応」特許を無効と主張するパラグラフIV証明を提出しました(この特許は、別途ネバダ州で争われた訴訟の結果、自明性を理由に無効と判断されています)。
2019年に「CV適応」が承認され、Amarinが「CV適応」特許をオレンジブックに登録した時点で、Hikma社の「SH適応」に対するANDAはなお係属中でした。Hikma社は、「CV適応」をカバーする特許を回避するため、セクションviii声明を提出して「CV適応」を「除外」する方針を選択し、「SH適応」のみを含む「スキニーラベル」の承認を求めました。FDAは2020年5月21日、このスキニーラベルを含むHikma社のANDAを承認しました。
訴訟の経緯
Hikma社のジェネリック製品発売から1か月足らずの2020年11月、Amarin社は、Hikma社がそのラベル、患者向け情報リーフレット、ウェブサイト及びプレスリリースにおける発言の組み合わせによって、医療提供者に上記2件の「CV適応」特許の侵害を積極的に誘発したと主張し、35 U.S.C. §271(b)に基づきデラウェア州地区連邦地方裁判所に提訴しました。
地方裁判所は、Hikma社の連邦民事訴訟規則12(b)(6)に基づく却下申立てを認容しましたが、CAFCはこれを破棄し、Amarinの主張は少なくとも一応合理的であると判断しました。これに対しHikma社が上告し、最高裁がこれを受理しました。
下級審(CAFC)判決
CAFCは、本件を、Hatch-Waxman法特有の事件としてではなく、通常の§271(b)誘引侵害事件と位置づけました。すなわち、本件が①ANDA提出自体を侵害行為として争う類型(35 U.S.C. §271(e)(2)(A))にも、②ラベル単独の記載内容のみを問題とする「セクションviii事件」の類型にも当たらず、通常の§271(b)誘引侵害事件にすぎないと述べました。
そのうえで、本件がHikma社の却下申立て(訴状に書かれた内容だけを見て、裁判を続けるに値する請求かどうかを判断する、訴訟の入り口の手続)の段階にあることを踏まえ、Amarin社による積極的誘発(actively induce)に関する主張を断片的にではなく全体として審査すべきであるとし、当該主張を総合して真実であると仮定した場合に、Hikma社が侵害を誘発したことを一応合理的に述べているか否かを検討する、との立場を取りました。
この立場の下で、CAFCは、ラベルの記載単独では侵害的使用を推奨・奨励するとまでは言えないとしつつ、①ウェブサイトでの広い治療分野表示(「高トリグリセリド血症」)、②プレスリリースにおける「ジェネリック版」という呼称とVascepa®全体(「CV適応」込みで75%超)の売上高への言及、という公的発言を組み合わせれば、医師が「SH適応」を超えた用途での使用への奨励と読み取ることは少なくとも一応合理的であると判断しました。
CAFCは、2024年6月25日、この判断があくまで却下申立て段階の限定的なものであると留保しつつ、地方裁判所の却下決定を破棄し、差し戻しました。
本判決(米国最高裁判所)
誘引侵害の3要件の確認
これまで確認したとおり、従来、誘引侵害の成立要件は、①第三者による直接侵害の存在、②被告の認識、③被告による積極的行為、という3要素として整理されていました。本判決においても、この3要素の枠組みそのものは維持しました。
①直接侵害(direct infringement):
第三者(本件では医療提供者)による直接侵害の存在(Limelight Networks, Inc. v. Akamai Technologies, Inc., 572 U.S. 915, 920-921 (2014))
②認識(knowledge):
誘発された行為が特許侵害を構成することについての被告の認識(Global-Tech Appliances, Inc. v. SEB S. A., 563 U.S. 754, 766 (2011))
③積極的行為(active steps):
被告が直接侵害を奨励するための「積極的行為(active steps)」を取ったこと(Grokster, 545 U.S., at 936)
「受け手基準」から「行為者基準」への転換
本件では、①直接侵害及び②認識の要件についてはHikma社も争っておらず、争点はもっぱら③「積極的行為」の該当性に絞られていました。最高裁は、CAFCが採用していた、誘引侵害の第3要件である③「積極的行為(active steps)」該当性についての判断枠組みそのものを改めました。判決では次のように述べています。
“Most fundamentally, ‘inducement must involve the taking of affirmative,’ as opposed to passive, ‘steps to bring about the desired result’ of patent infringement. Global-Tech, 563 U. S., at 760.”
(筆者訳)最も基本的な点として、『誘発は、特許侵害という望ましい結果をもたらすための』受動的な『行為』ではなく、積極的な行為を伴わなければならない。Global-Tech, 563 U. S., at 760
“The central question is whether Amarin plausibly alleged that Hikma actively encouraged infringing use, not merely whether doctors could plausibly read the alleged statements as instructions to infringe.”
(筆者訳)中心的な争点は、Amarinが、Hikmaが侵害的使用を積極的に奨励したことを一応合理的に主張したか否かであって、単に医師が申立てにかかる発言を侵害の指示として一応合理的に読み得たか否かではない。
前記のとおり、CAFCは、Amarin社の主張全体を検討し、ラベル、ウェブサイト及びプレスリリースを組み合わせれば「医師がこれらを侵害の指示又は奨励として読むことは少なくとも一応合理的である」として、判断の重心を受け手(医師)の理解可能性に置いていました。しかしながら、最高裁は、この受け手基準そのものを、§271(b)が要求する「積極的誘発(active inducement)」という制定法文言を希薄化するものとして退けています。
この関連で、最高裁は、Amarin社が受け手基準を正当化するために援用したNational Rifle Association of America v. Vullo判決(602 U.S. 175 (2024))についても検討しています。同判決は、特許法ではなく、修正第1条(表現の自由)の文脈で、政府が第三者に圧力をかけたといえるかを、その行為が「合理的に理解され得る」かどうかで判断する枠組みを示したものです。Amarin社は、この受け手側の視点に立った基準を、誘引侵害の判断にもそのまま持ち込めると主張しました。しかし最高裁は、この基準を誘引侵害の文脈に持ち込むことは、§271(b)が定める「積極的」誘発という制定法上の要件を希薄化することになるとして、採用しませんでした。
“Amarin relies primarily on two cases to press its point. First, it points to our holding in National Rifle Association of America v. Vullo, 602 U. S. 175 (2024), that, ‘[t]o state a claim that the government violated the First Amendment through coercion of a third party, a plaintiff must plausibly allege conduct that, viewed in context, could be reasonably understood to convey a threat of adverse government action,’ id., at 191 (emphasis added). Importing this First Amendment standard into the induced-infringement context, however, would water down the statute’s express requirement of ‘activ[e] induce[ment].’ 35 U. S. C. §271(b).”
(筆者訳)Amarinは主として2つの判例に依拠してこの主張を展開する。第一に、Amarinは、当裁判所がNational Rifle Association of America v. Vullo, 602 U. S. 175 (2024)において示した判示、すなわち「政府が第三者を強制することによって修正第1条に違反したという訴訟原因を陳述するためには、原告は、文脈上、不利な政府行為の脅威を伝えるものと合理的に理解され得る行為を一応合理的に主張しなければならない」との判示(同at 191(強調付加))を指摘する。しかし、この修正第1条基準を誘引侵害の文脈に取り込むことは、「積極的[な]誘発」という制定法上の明示的要件を希薄化することになる。
Groksterの再解釈
最高裁は、CAFCも引用していたGrokster判決を改めて取り上げました。Grokster判決は、ファイル共有ソフトの配布業者が、著作権侵害を明確に働きかける広告等を発信していたことを「誘発」に当たると判断した事件です(前掲「積極的行為(active steps)の意義」参照)。CAFCは、このGrokster判決を、「侵害を働きかけ得る」発言一般にまで広く当てはめていましたが、最高裁は、Grokster判決が実際に「誘発」の典型例としたのは、それよりも狭い、「侵害を働きかけるよう設計された」発言に限られると解釈し直しました。判決は次のように述べています。
“Amarin’s second (and more germane) case is Grokster, where we described ‘[t]he classic instance of inducement’ as an ‘advertisement or solicitation that broadcasts a message designed to stimulate others to commit violations.’ … But statements designed to stimulate others form a narrower category than statements that could stimulate others.”
(筆者訳)Amarinが挙げる第二の(そしてより関連性の高い)判例はGroksterであり、そこで当裁判所は「誘発の典型的な事例」を、「違反行為の実行を他者に働きかけるよう設計されたメッセージを発信する広告又は勧誘」と説明した。……しかし、他者に働きかけるよう「設計された」発言は、他者に働きかけ「得る」発言よりも狭い範疇を形成する。
すなわち、Grokster事件の被告(ファイル共有ソフトの配布業者)は、著作権侵害用途を明示的に働きかけるニュースレターを配布したり、侵害を誘い込むよう設計された名称のプログラムを提供したりするなど、具体的かつ明確な働きかけを行っていました。最高裁は、こうした「明確で積極的な」働きかけこそが、Groksterの求める「誘発」の水準であると解釈しました。
本件事実へのあてはめ
(1)法令遵守・業界慣行には「明白な代替的説明」が成り立つ
CAFCは、ラベル単独では侵害を推奨・奨励しないとしつつも、ウェブサイトでの「ジェネリック版」表示や治療分野表示を、公的発言との組み合わせの中で誘引侵害の一事情として取り込んでいました。
最高裁は、これに対し、Twombly判決の「明白な代替的説明」の法理(訴状に記載された事実について、不正行為とは無関係な、無害な説明が明白に成り立つ場合には、原告の主張する不正行為の推認は一応合理的とはいえない、とする考え方)を用いて判断しました。すなわち、ラベルがCV使用制限を含まないのは、法令上の同一性義務(21 U.S.C. §355(j)(2)(A)(v))ゆえであり、また、ジェネリック医薬品を先発医薬品の「ジェネリック相当品」と説明することは「業界の通常の慣行」(Inwood Laboratories判決)にすぎず、これらの記載にはいずれも侵害の意図とは無関係な「明白な代替的説明」が成り立つと判断しました。
“First, several of the relevant statements have an ‘obvious alternative explanation’ … : Hikma was just complying with the law or with standard industry practice.”
(筆者訳)第一に、関連する発言のいくつかには「明白な代替的説明」がある。すなわち、Hikmaは単に法令又は業界標準的慣行に準拠していたにすぎない。
“We decline to put generic manufacturers between a rock and a hard place by turning adherence to the law and industry standards into building blocks for illegal conduct.”
(筆者訳)当裁判所は、法令及び業界標準への準拠を違法行為の構成要素へと転化させることによって、ジェネリックメーカーを板挟みの窮地に立たせることを拒否する。
これは法令遵守や業界標準への準拠を、誘引侵害の根拠へと転化させることは相当でない、という立場です。
(2)不作為は「積極的誘発」の根拠にならない
CAFCが重視した事情の一つに、Hikma社が「CV使用制限」をラベルから省略したこと、及びプレスリリースが「SH適応」限定であることに触れなかったことがありました。
最高裁は、これらはいずれもTwitter, Inc. v. Taamneh判決が言う「単なる不作為、不動又は懈怠(mere omissions, inactions, or nonfeasance)」―すなわち、何かを「しなかった」という消極的な事実―にすぎないとしました。誘引侵害が成立するには積極的な「発言又は行為」が必要である以上、こうした不作為的な事情は、それ自体では積極的誘発の根拠になり得ません。最高裁はこの考え方に基づき、CAFCがこれらの不作為的事情を総合考慮の中に取り込んだこと自体を否定しました。
“Second, Amarin may not rely on ‘mere omissions, inactions, or nonfeasance’—such as the skinny label’s omission of the CV Limitation of Use or the press releases’ failure to ‘mentio[n] that [Hikma’s] approved use was limited to the far-lesser-known SH indication,’ … —to plausibly allege active inducement.” (Twitter, Inc. v. Taamneh, 598 U. S. 471, 489)
(筆者訳)第二に、Amarinは、スキニーラベルにおけるCV使用制限の省略や、プレスリリースが「[Hikmaの]承認された用途がはるかに知られていないSH適応に限定されていたことに言及し[ない]」といった「単なる不作為、不動又は懈怠」に依拠して積極的誘発を一応合理的に主張することはできない。
(3)曖昧な表現と受け手の推測の組み合わせでは足りない
CAFCは、プレスリリースにおける「ジェネリック版」という表現と、Vascepa®全体(「CV適応」込みで75%超)の売上高への言及を組み合わせれば、GSK判決と同様に、Hikma社が誘発を行ったと「一応合理的」にいえる、と判断していました。GSK判決(前述)では、後発品メーカーが自社製品を「AB評価のジェネリック相当品」としてマーケティングしたことが、ラベルの記載と組み合わさって陪審の誘引侵害認定を支持した事件でした。CAFCは、Hikma社のプレスリリースがAB評価には一切言及していなかったにもかかわらず、「ジェネリック版」という表現とVascepa®の売上高(「CV適応」分を含む)への言及の組み合わせだけでも、GSK判決と同様に誘引侵害を一応合理的に基礎づけると判断しました。
これに対し、最高裁は、この組み合わせから侵害への奨励を読み取るには、医師が投資家向けのプレスリリースを読み、引用された売上高が「SH適応」・「CV適応」の双方に帰属することを理解できるだけの背景知識を持ち、そこから処方行動の変化を読み取る、という「無数の段階」を要すると指摘しました。訴状における主張は、単に「あり得る」というだけでは足りず、「一応合理的」といえる水準の具体性が必要です(Ashcroft v. Iqbal, 556 U.S. 662 (2009))。最高裁は、この基準に照らし、Amarin社の主張は「あり得る」ものではあっても「一応合理的」とまでは言えないとしました。
“But there are myriad steps between those statements and induced infringement that Amarin fails to mention. For Amarin’s speculation to bear out, a medical provider would have to look up and read the press releases, which were directed to investors rather than doctors and pharmacists; have enough background knowledge of pharmaceutical sales to understand the quoted sales figures to be attributable to both the SH-indication and the CV-indication methods of use; and draw from this fact a subtle encouragement to start prescribing Hikma’s generic to hypertriglyceridemia patients who already take statins.”
(筆者訳)しかし、これらの発言と誘引侵害との間には、Amarinが言及していない無数の段階が存在する。Amarinの推測が実現するためには、医療提供者が、医師及び薬剤師ではなく投資家に向けたプレスリリースを調べて読まなければならず、引用された売上高がSH適応及びCV適応の使用方法の両方に帰属することを理解するのに十分な医薬品販売についての背景知識を有していなければならず、かつこの事実から、スタチンを既に服用している高トリグリセリド血症患者へのHikmaのジェネリック品の処方を開始するようにとの、控えめな奨励を読み取らなければならない。
“Perhaps this chain of events is ‘possib[le]’ (anything is possible)… But, without more, it is not a ‘“plausible”’ scenario of active inducement giving rise to liability under §271(b)”
(筆者訳)おそらくこの一連の事象は「あり得る」ものであろう(何事もあり得る)。……しかし、それ以上のものがなければ、それは§271(b)に基づく責任を生じさせる積極的誘発の「一応合理的な」シナリオではない。
結論
以上の当てはめの結果、最高裁は、Amarin社の主張は、まとめて見ても個別に見ても、Hikma社が積極的に侵害を誘発したという「単なる可能性以上のもの(more than a sheer possibility)」を述べていないと結論付けました。そのうえで、CAFC判決を破棄し、事件を差し戻しました。
“Applying these standards to the complaint here, Amarin fails to allege ‘more than a sheer possibility’ that Hikma actively induced infringement of Amarin’s CV-indication patents. Iqbal, 556 U. S., at 678. Amarin’s allegations, whether viewed together or separately, fail to establish that Hikma took any affirmative steps to encourage infringement.”
(筆者訳)これらの基準を本件訴状に当てはめると、Amarinは、Hikmaが積極的にAmarinのCV適応特許の侵害を誘発したという「単なる可能性以上のもの」を主張するに至っていない(Iqbal, 556 U.S., at 678)。Amarinの主張は、まとめて見ても個別に見ても、Hikmaが侵害を奨励するための積極的行為を取ったことを立証するものではない。
“For the reasons we’ve explained, Amarin has failed to state a claim for active inducement in violation of §271(b), so its complaint cannot withstand Hikma’s Rule 12(b)(6) motion. We therefore reverse the judgment of the Federal Circuit and remand the case for further proceedings consistent with this opinion.”
(筆者訳)以上説明した理由により、Amarinは§271(b)に違反する積極的誘発の訴訟原因を陳述するに至っておらず、その訴状はHikmaの連邦民事訴訟規則12(b)(6)に基づく申立てに耐えることができない。したがって、当裁判所は連邦巡回区控訴裁判所の判決を破棄し、本判決に整合する形での更なる手続のために事件を差し戻す。
コメント
実務上の視点
・米国
本判決により、後発医薬品のスキニーラベルをめぐる誘引侵害の成立要件は厳格化されたといえます。すなわち、誘引侵害における「積極的行為」(active steps)の成否は、医師が後発医薬品メーカーの表示等を侵害の指示・奨励として読み得るか(受け手の視点)ではなく、後発医薬品メーカーが積極的に侵害を奨励したか(行為者の視点)によって判断すべきであることが明確になり、後発医薬品メーカーの行為が誘引侵害の「積極的行為」に該当すると認められる範囲が従来よりも狭まりました。また、本判決では、法令上の同一性義務に従った表示、業界慣行に沿った「ジェネリック相当品」との説明、及び特許用途に触れないという「不作為」は、それ自体では誘引侵害の根拠とならないことも示されました。
もっとも、本判決は、後発医薬品メーカーによるプレスリリースやウェブサイト等での能動的な表現について、誘引侵害のリスクを否定したわけではありません。CAFCが問題視した「ジェネリック版」という表現と、先発医薬品全体の売上高への言及の組み合わせについて、最高裁は誘引侵害に関する主張として「一応合理的」とまでは言えないと判断しました。しかし、その理由づけは「医師がそこまで読み取るには無数の段階を要する」という事実関係の評価に基づいており、事案によっては別の判断もあり得ると考えられます。
スキニーラベルを用いて市場参入する後発医薬品メーカーとしては、例えば、プレスリリースやウェブサイト等の対外発信について、承認された適応の範囲を明確にし、能動的な奨励と読まれ得る表現を避けることが、引き続き重要な実務対応となると考えられます。一方、先発医薬品メーカーとしては、後発医薬品メーカーの具体的かつ能動的な働きかけの事実を示す証拠をどれだけ収集できるか、従来以上に重要になると考えられます。
・日本
日本には米国のような誘引侵害の一般規定はなく、後発医薬品メーカーを相手とする特許権侵害訴訟では、通常、後発医薬品メーカー自身の製造販売行為が特許発明に係る用途の実施に当たるか、という直接侵害の枠組みで検討されます。この実施の該当性については、添付文書等の記載に加え、被告のその他の行為も含めて総合的に考慮した上で、被告の製造販売行為が当該用途への使用として行われたかによって判断する裁判例が見られます。例えば、シロスタゾール事件(知財高判平成18年11月28日・平成17年(ネ)第10125号)では、いわゆる適応外使用と用途発明の実施に関して、添付文書等で用途を直接かつ明示的に表示して販売していなくても、具体的な状況の下で、その用途に使用されるものとして販売されていることが認定できれば、用途発明の実施があったといえるとし、被告製品のうちの一定量は当該用途に使用されるものとして販売されていたと判断されています。また、メニエール事件(知財高判平成28年7月28日・平成28年(ネ)第10023号)では、被告製品の添付文書等に記載された用法・用量が特許発明所定の範囲を明らかに超えていることに加え、その他に被告製品の製造販売が当該用途に使用するために行われたことを認めるに足りる証拠もないとして、非侵害と判断しています。これらの裁判例は、添付文書等のラベルの記載のみならず、被告のその他の行為も判断要素として考慮している点で、Hikma v. Amarin判決の考え方と共通する部分があるように思われます。
虫食い承認を利用する後発医薬品メーカーとしては、まず、添付文書上の適応・用法用量を特許用途と明確に区別しておくことが求められます。その上で、MRによる説明内容や、プレスリリース・IR資料等においても、特許用途を想起させる表現(例えば、対象薬全体の売上高の強調、適応を広く表現する記載など)は避けておくことが望ましいでしょう。これらの点は、米国と共通する実務対応といえます。
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(文責・竹下)






