昨今、気候変動問題に対する対策が国際的に急務となっています。日本政府も2020年12月、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を公表して2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとすることを目指すことを表明しており、今後様々な政策が採られると考えられます。

気候変動問題に対しては、国の法令に基づくもの、法律以外の枠組みによるもの、企業や地方自治体の自主的取り組みなど多岐に渡っていますが、本稿では、日本国内における法制度の概要と今後の展望を解説します。

ポイント

骨子

  • 国際的な気候変動への対策枠組みは、2015年に採択されたパリ協定で合意されており、日本も同協定に従って温室効果ガスの排出量を削減する義務を負っています。
  • 国内法では、環境基本法が気候変動を含む国際環境問題への対応についての基本理念を定め、地球温暖化対策の推進に関する法律が気候変動に関する基本理念や国、地方公共団体、事業者及び国民の責務を定めています。
  • 具体的な施策について定める法律としては、地球温暖化対策の推進に関する法律が温室効果ガス排出量の情報開示を定めるほか、省エネ関連の法令や再エネ関連の法令が複数あります。国内の施策に関しては、グリーン成長戦略が公表され、今後、経済的な施策や情報開示を用いた手法などの新たな法制度が議論されていくことが予想されます。
  • 法制度以外にも、上場企業に対する気候変動関連情報の開示の要請など企業活動に大きな影響を充てる取り組みが進んでいる点に注意が必要です。

解説

気候変動に関する国際法上の枠組み

気候変動(地球温暖化)に関する日本の国内法は、国際的な約束を実現するために制定されているものであることから、以下では、気候変動に関する国際的な枠組みがどのようになっているかを簡単に説明します。

地球温暖化問題の認識

温室効果ガスの排出量の増加に伴う地球温暖化の問題は1930年代から一部の科学者らによって主張されていましたが、科学的知見が蓄積されるのには長い時間を要しました。

温室効果ガスによる地球温暖化の問題が初めて取り上げられたのは、1970年代のことです。1979年、気候変動に関する国際会議である世界気候会議(第1回)が開催され、科学者らにより、気候変動に関する調査研究の成果の発表や検討が行われました。

1985年には、地球温暖化に関する科学者の国際会議であるフィラハ会議が開催され、ここから地球温暖化の問題が大きく取り上げられるようになりました。この会議では、政策決定者は地球温暖化を防止するための対策を協力して始めなければならない旨が宣言されました。

国際連合枠組条約

1990年、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第1次評価報告書が公表

ここで初めて二酸化炭素等の温室効果ガスにより地球の気温が上昇することについての科学的知見が共有され、1992年の気候変動に関する国際連合枠組条約(以下「枠組条約」といいます。)が採択に繋がっています。

枠組条約は、ブラジルのリオデジャネイロで開催された環境と発展(開発)に関する国連会議(地球サミット)において採択されました。枠組条約は、地球温暖化防止のため、大気中の温室効果ガスの濃度を「気候系に対する危険な人為的干渉を防止する水準」で安定させることを共通の目的としつつ、先進国と発展途上国の責務が異なる点に特徴があります(「共通だが差異のある責任」、3条1項)。

枠組条約においては、先進国は2000年までに温室効果ガスの排出量を1990年のレベルに戻すことを目標とする措置を講ずるものとされていましたが(枠組条約4条2項)、この目標は2000年までの期間の努力目標でした。

上記地球サミットでは、持続可能な開発のために含めた地球環境問題における国際協調をすることを宣言する「環境と開発に関するリオ宣言」が採択され、枠組条約は、そこにおける内容を実施するための1つの合意として位置付けらます。

京都議定書

そこで、2000年以降の枠組みとして、1997年、気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書が採択され、2005年に発効しました。京都議定書の下では、先進国は、温室効果ガス排出を1990年比で2008年から5年間で一定数値削減するものとされており、これは法的拘束力のある数値目標とされていることが重要です。一方、途上国には削減義務は課されませんでした。また、「京都メカニズム」と呼ばれる柔軟性のある削減方法(共同実施、排出枠取引、クリーン開発メカニズム)が採用されています。

パリ協定

京都議定書以降の新たな法的枠組として、パリ協定が2015年に採択され、2016年に発効しました。パリ協定は全ての締約国に削減義務を課している点が大きな成果であるとされている一方、具体的な削減の算定方法で未だ合意を得られない等の課題もあります。また、排出量削減のためにどのような方法を採用するかは、各国に委ねられています。

日本は、2030年までに2013年比で温室効果ガス排出量を26%削減するとの目標を提出しています。

【気候変動に関する国際的な動き】

年代 出来事
1979年 第1回世界気候会議
1985年 フィラハ会議(温暖化に関する科学者国際会議)
1990年 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第1次評価報告書
1992年 国連気候変動枠組条約採択(1994年発効)
1997年 京都議定書採択(2005年発効)
2015年 パリ協定合意(2016年発効)

気候変動に関連する国内法上の枠組み

以上のような国際的な枠組みにおける日本の削減義務を果たすための国内の法制はどのようになっているのかにつき、以下では地球温暖化に関係する法令の枠組みを説明した上で、個別法の概要を説明します。

環境基本法

国内の環境関連法令の基本法となる法律として環境基本法という法律があります。国内の環境関連の法律は体系的にはこの環境基本法の下に個別の立法がされるという構造がとられています。

環境基本法は公害に対する対策を定める法律である公害対策基本法の内容を引き継ぐ形で1993年に制定されました。

当時、上記「国際法上の枠組み」で言及した「環境と開発に関するリオ宣言」を受けて、日本も公害対策だけではなく、国際的な環境問題に対応するための国内法の制定が必要となっていました。

このような状況下で制定された環境基本法では、地球温暖化問題を含む地球環境問題の解決のための対応として、次のように定めています。

(定義)
第二条
(略)
 この法律において「地球環境保全」とは、人の活動による地球全体の温暖化又はオゾン層の破壊の進行、海洋の汚染、野生生物の種の減少その他の地球の全体又はその広範な部分の環境に影響を及ぼす事態に係る環境の保全であって、人類の福祉に貢献するとともに国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するものをいう。

(国際的協調による地球環境保全の積極的推進)
第五条 地球環境保全が人類共通の課題であるとともに国民の健康で文化的な生活を将来にわたって確保する上での課題であること及び我が国の経済社会が国際的な密接な相互依存関係の中で営まれていることにかんがみ、地球環境保全は、我が国の能力を生かして、及び国際社会において我が国の占める地位に応じて、国際的協調の下に積極的に推進されなければならない。

さらに、同法では、第2章・第6節で「地球環境保全等に関する国際協力等」として、国が行うべき地球環境保全等に関する国際協力(32条)、監視、観測等に係る国際的な連携の確保等(33条)、地方公共団体又は民間団体等による活動を促進するための措置(34条)及び国際協力の実施等に当たっての配慮(35条)を努力義務として定めています。

以上のとおり、環境基本法では、気候変動(地球温暖化)は「地球環境問題」として位置付けられ、国は国際的協調の下に気候変動問題の解決のための施策を積極的に推進していかなければならないとされているのです。

地球温暖化対策の推進に関する法律と個別法

地球温暖化(気候変動)との関係では環境基本法の下に、基本法としてもう1つ、地球温暖化対策の推進に関する法律(以下「温暖化対策法」といいます。)が存在する点に特徴があります。

この法律は、地球温暖化対策の推進のための国の基本的な施策を定める基本法としての性格を有するとともに、個別の義務付けの規定も有しています。

気候変動関連の個別法としては、ほかに、省エネ関係の法律としてエネルギーの使用の合理化等に関する法律(省エネ法)及び建築物のエネルギーの消費性能の向上に関する法律(建築物省エネ法)、再エネ関係の法律として、電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(FIT法)、海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律(再エネ海域利用法)などがあります。

詳細は、別の機会に紹介しますが、各法律の概要は以下のとおりです。

温暖化対策法 地球温暖化対策の推進のための基本理念、各主体の責務のほか、政府による地球温暖化対策計画の策定、事業者の温室効果ガス算定排出量の報告制度等を定める。
省エネ法 工場等、輸送、建築物、機械器具等に関するエネルギーの使用の合理化に関する基本方針を定めるとともに、政令で定める事業者につき、エネルギー使用の合理化のための計画の策定や使用量の報告等を行うべきことを定める。
建築物省エネ法 建築物のエネルギー消費性能の向上に関する基本的な方針の策定について定めるとともに、一定規模以上の建築物の建築物エネルギー消費性能基準への適合性を確保するための措置や、建築物エネルギー消費性能向上計画の認定等について定める。
※令和元年改正法が令和3年4月1日より施行
FIT法 電気事業者が、再生可能エネルギー源を用いて得られる電気事業から国が定める価格及び期間において調達する契約(特定契約)を締結して調達し、供給する義務等につき定める。
再エネ海域利用法 洋上風力発電等の海洋再生可能エネルギー発電事業を実施可能な促進区域を指定し、当該区域内における事業者選定の仕組み、区域の占有許可等について定める。

温暖化対策法については、2021年3月に改正法案が閣議決定されています。改正のポイントについては別稿で解説します。

今後の展望

グリーン成長戦略

経済産業省は、関係省庁と連携し、2020年12月、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(「グリーン成長戦略」)を策定しました。この発表内容によれば、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとすることを目指して、政府が様々な施策を講じて民間投資を後押しし、雇用と成長を生み出すとされています。

具体的に挙げられている施策についてはグリーン成長戦略の本文をご覧いただければと思いますが、冒頭で述べられている施策としては、以下のようなものがあります。

予算面 2兆円の基金を創設し、野心的なイノベーションに挑戦する企業を今後10年間、継続して支援していく。
税制面 カーボンニュートラルに向けた投資促進税制、研究開発税制の拡充、事業再構築・再編等に取り組む企業に対する繰越欠損金の控除上限を引き上げる特例の創設を講じ、民間投資を喚起していく。
金融面 情報開示や評価の基など、金融市場のルール作りを通して、低炭素化や脱炭素化に 向けた革新的技術へのファイナンスの呼び込みを図る。
規制改革・標準化 水素ステーションに関する規制改革、再エネが優先して入るよう な系統運用ルールの見直し、自動車の電動化推進のための燃費規制の活用やCO₂を吸収して造るコンクリート等の公共調達等について検討し、需要の創出と価格の低減につなげていく。
グリーン成長戦略から考えられる法的な施策

以上のような政府のグリーン成長戦略や環境省・経済産業省といった省庁における議論から、今後取り入れられる可能性のある法的施策としては、例えば、以下のようなものが考えられます。

1つ目は、カーボンプライシングの導入です。カーボンプライシングとは、炭素に価格を付けることを意味し、炭素税、排出量取引、その他排出削減にかかるクレジットの取引といった経済的な手法があります。すでに、中央環境審議会内の「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」において具体的な検討が進められています。

上記のうち、炭素税とは、CO2の排出量に応じた税のことです。日本では、平成24年より、地球温暖化対策税として、原油やガス、石炭といった全化石燃料に対してCO2排出量に応じた税が課されていますが、これも炭素税の一種であるといえます。もっとも、日本の地球温暖化対策税の税率は欧州等よりも低くなっているため、新たな税の導入等が検討されていますが、課税水準、課税の段階、既存の税との調整等検討すべき課題は多く残されています。

排出量取引は、企業ごとにCO2の排出量を割り当て、割り当てられた排出枠の売買を認めることで排出量の削減を推進する制度です。企業は、実施の排出量が割り当てられた排出量を下回るときは余剰を売却でき、逆に超過する場合は、その部分を購入しなければなりません。すでに、欧州や米国カリフォルニア州では導入されていますが、日本では国レベルでの制度はありません。

カーボンプライシングを巡っては、日本の経済や国際競争力などへの悪影響が懸念されている一方、EUや米国では国境炭素税の導入の検討が始まっていることから、日本国内での制度化の遅れはグローバルで活動する企業においてはむしろデメリットであるとの考えもあります。

2つ目は、企業の温室効果ガスの排出量に関する情報開示の促進です。この点については、今般の改正が見込まれる温暖化対策法において、事業者の温室効果ガス算定排出量の報告が原則として電子システムによるものとされ、また、報告内容が開示請求なしで公表されるものとされました。それ以外にも、企業の情報開示を促進することによって、間接的に排出量の削減を促す施策が講じられていく方向にあるといえるでしょう。

前述のとおり、気候変動問題は地球環境問題であるため、具体的な施策が各国に委ねられているといっても、実際には先進国を中心とする他国がどのような対応を採っているかを無視できません。そのため、日本国内の施策を予想するには、他国の動向も注視する必要があるでしょう。

法制度以外の施策

気候変動の問題への対応については、法律以外の枠組みによるものも重要です。特に、2017年6月のTCFD提言以降、先進国においては、企業の気候変動関連の情報開示の要請が急速に高まっています。

経済産業省の発表によれば、TCFD提言に賛同する日本国内の企業・機関は、2021年3月22日時点において355となっています。また、金融庁が2021年3月31日に公表したコーポレートガバナンスコードの改訂案においては、東証に新設されるプライム市場上場会社は、「気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。」とされました。

気候変動関連の情報開示については、欧州で義務化が進むなどの動きが先行しており、日本も同様の流れの中にあるといえるでしょう。

コメント

気候変動問題への対処は喫緊の課題であり、これに対応するための方策を採るころが法制度を含めて急ピッチで進められています。特に、昨今は、企業は法律を守っていればよいというだけではなく、より積極的に、環境問題に対してどのような対応をしているかの開示が求められるようになっているため、対応の遅れは企業価値にも影響する可能性があります。

企業としては、法改正その他制度の動きを適切にキャッチして攻めの姿勢での対応をしていくことが重要ですし、法務部門においても、気候変動関連の法令が事業上のリスクとなることがないよう、自社のビジネスに関係する規制については正しく理解しておく必要があると思われます。

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(文責・町野)