学校と著作権法 (2) – 著作権コンプライアンスの検討プロセスと著作権の制限
投稿日 : 2024年12月27日|最終更新日時 : 2024年12月27日| 飯島 歩
著作権法を巡るよくある誤解のひとつに、「教育や研究が目的であれば、著作物は自由に利用することができるはずだ」というものがあります。
確かに、教育の目的で他人の著作物を利用する場合、通常よりも適法になることが多いのは事実です。しかし、著作権法は、単に教育目的の利用であることを理由に著作物の利用を適法化するような規定を置いておらず、あくまで一定の条件を満たす場合に限って、教育活動との関係で著作権の行使が制限されるにとどまります。また、仮に適法化されるとしても、無償で利用できるとは限りません。
研究目的との関係では、教育目的の場合とは異なり、著作物の利用を直接的に適法化する根拠はなく、適法な形式で他人の論文を引用する場合など、研究目的に限らない、より一般的な観点から適法かどうかを考える必要があります。これは、特許法が、試験研究のために他人の特許発明を実施することを許していることと対照的で、特許になじみのある工学部などの研究者の方々にとっては、誤解の一因になっているかもしれません。
今回は、「学校と著作権法 (1) – 著作権制度の趣旨と基本概念」 で説明した基本概念を前提に、学校における活動の中でも、著作物を利用する立場から、利用行為が適法といえるかを判断する際の検討プロセスと、著作物の利用を適法化する、「著作権の制限」の制度を説明します。
概要
- ある情報を、その情報の発信者の許諾を得ることなく利用する場合において、その利用が適法かどうかを考える際には、①対象物が著作権法によって保護される著作物に該当するか、②著作者・著作権者は誰か、③権利は存続しているか、④想定された利用態様は法定利用行為に該当するか、⑤利用行為は著作権の制限によって適法化されるか、といった順序で検討する。
- 著作物について法定利用行為を行う場合であっても、著作権法が定める著作権の制限に該当するときは、著作者の許諾なく、これを行うことができる。
- 学校における著作物の利用に関連する著作権の制限のうち、主要なものとしては、授業の過程における利用、試験問題としての利用、営利を目的としない上演等、引用などが挙げられる。
解説
著作権コンプライアンスの検討プロセス
一般に、ある情報を、その情報の発信者の許諾を得ることなく利用する場合において、その利用が他人の著作権侵害にならないかを検討するにあたっては、以下のような思考手順で検討を行います。
第1に、対象となる情報は著作権法が保護する著作物か、ということが問題になります。価値ある研究成果であっても、「学校と著作権 (1) – 著作権制度の趣旨と基本概念」で説明したとおり、数式など、表現に選択の幅がないものに著作物性は認められず、これを自己の著作物に用いることは、著作権法上の規制に対象にはなりません。もっとも、著作物性の有無については、しばしば微妙な法的判断が求められるため、コンプライアンスの観点からは、安全方向に振った対応が望まれます。
第2に、著作者・著作権者は誰か、ということも検討対象になります。もちろん、自分が単独で創作した著作物は、著作権を譲渡したりしていない限り、自由に利用できますが、「学校と著作権 (1) – 著作権制度の趣旨と基本概念」で説明したとおり、他人と権利を共有する場合には、同意なしに利用できなくなります。また、職務著作等、著作者が法人等の使用者になる場合もある一方、企業とは異なり、学校の場合には誰が権利者になるか、必ずしも明確でない面があるため、誰が著作者ないし著作権者かを確認することも必要です。
第3に、権利は存続しているか、ということが検討対象になりますが、「学校と著作権 (1) – 著作権制度の趣旨と基本概念」で説明したとおり、著作権は存続期間が非常に長いため、古典に属するもの以外でこの点が問題になることはありません。なお、著作物ではあるものの著作権の対象にならない、という意味では、保護期間が満了したもののほか、法令や判決など、著作物であっても、最初から著作権の対象にはならないものもあります。もっとも、政府機関が作成した文書であれば当然に著作権の対象から外れるわけではないので、留意が必要です。
第4に、想定される利用行為は、法定利用行為に該当するか、ということが検討対象になります。「学校と著作権 (1) – 著作権制度の趣旨と基本概念」で説明したとおり、著作権というのは、複製、譲渡、公衆送信といった法定利用行為ごとに著作者が有する権利ですので、法定利用行為にあたらない行為は著作権の対象になりません。例えば、単に論文を読むことは著作権法が定めるいずれの法定利用行為にあたらず、著作権侵害を構成することはありません。もっとも、実務的に見た場合、学校で問題になるのは、著作物が複製されたり、送信されたりするような場合ですので、法定利用行為にあたらない、ということはあまりなく、むしろ、法適用を考える上で、どのような法定利用行為にあたるかを検討することが課題になることが多いでしょう。また、著作者人格権を侵害するような利用態様も、違法になりますので、これも検討が必要です。
第5に、想定される利用行為が著作権の制限にあたるか、ということが問題になります。学校における著作物の利用を巡っては、この点が重要なポイントになりますので、本稿でどのような制度があるか、概要を紹介します。
以上の検討を経て、著作物を適法に利用できないと認められるときは、著作者から許諾を得る必要があり、多くの場合、何らかの対価を支払うことになります。
著作権の制限とは
上で詳細にみたとおり、他人の著作物を利用しようとする場合、その利用行為が法定利用行為にあたるときは、著作者から利用許諾を得なければ著作権侵害、つまり違法行為となるのが原則です。他方、著作権法は、例外的に、著作者の許諾を得なくても適法に利用できる場合があることを定めています。これを「著作権の制限」といい、著作権法30条から50条にかけて、詳細な規定が置かれています。
学校における教育・研究活動を巡って、著作権侵害の問題が生じないようにするためには、著作権の制限について正しく理解しておくことが重要です。そこで、以下では、著作権の制限規定のうち、教育・研究活動に関係する代表的なものを紹介したいと思います。
授業の過程における利用
著作権法が定める著作権の制限のうち、学校での利用行為との関係で適用されることが多い規定として、授業の過程における利用行為に関する著作権法35条があります。この規定の第1項は、以下のとおり、学校等の教師や生徒が、授業の過程で、必要な範囲で他人の著作物を利用できることを定めています。
(学校その他の教育機関における複製等)
第三十五条 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において、公表された著作物を複製し、若しくは公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。以下この条において同じ。)を行い、又は公表された著作物であつて公衆送信されるものを受信装置を用いて公に伝達することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該複製の部数及び当該複製、公衆送信又は伝達の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
(略)
もっとも、授業中であればどのような利用をしても良い、というわけではなく、「必要と認められる限度」であることが求められていますし、利用態様は、複製、公衆送信(オンラインの授業が典型例)、公衆送信されている著作物の受信(ネット上のコンテンツを教室のモニターで再生するような場合)に限られます。
さらに、重要な要件として、著作権者の利益を不当に害してはならないことも定められています。例えば、市販問題集を授業で使う範囲に限ってコピーし、配布した場合、問題集は売れなくなってしまい、著作権者は利益を害されてしまいます。このような利用は許されないわけです。
続いて、著作権法35条2項は、以下のとおり、授業において他人の著作物の公衆送信を行う場合は、著作権者に「補償金」を支払う必要があることを定めています。
(学校その他の教育機関における複製等)
第三十五条 (略)
2 前項の規定により公衆送信を行う場合には、同項の教育機関を設置する者は、相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない。
(略)
つまり、著作権法35条1項に則って授業で他人の著作物を授業に利用することは、著作権侵害には当たらないものの、オンライン配信を伴う場合には、無償で使えるわけではない、ということになります。
もっとも、この補償金の規定には例外があり、同条3項は、「授業を直接受ける者に対して」公衆送信する場合や、ハイブリッド型の授業で、リアルの教室で他人の著作物の上映や口述をしている様子を、オンライン参加している生徒にも視聴させる場合には、補償金の支払い対象外としています。
(学校その他の教育機関における複製等)
第三十五条 (略)
3 前項の規定は、公表された著作物について、第一項の教育機関における授業の過程において、当該授業を直接受ける者に対して当該著作物をその原作品若しくは複製物を提供し、若しくは提示して利用する場合又は当該著作物を第三十八条第一項の規定により上演し、演奏し、上映し、若しくは口述して利用する場合において、当該授業が行われる場所以外の場所において当該授業を同時に受ける者に対して公衆送信を行うときには、適用しない。
なお、著作権法35条1項で適法化される場合であっても、利用する著作物について、「出所を明示する慣行があるとき」は、「複製又は利用の態様に応じ合理的と認められる方法及び程度により」、その出所を明示することが必要になります(著作権法48条1項3号)。たとえば、文学作品を利用する場合には、通常、その出典を明示することが求められます。
試験問題としての利用
授業と同様、学校における著作物の複製や公衆送信が適法化される場面として、試験問題としての利用があります。この点については、以下の著作権法36条1項に規定があり、授業における利用と同様、「必要と認められる限度」での利用や、著作権者の利益を不当に害しないことが要件とされています。また、この場合にも、授業における利用と同様、出所の明示が求められることがあります。
(試験問題としての複製等)
第三十六条 公表された著作物については、入学試験その他人の学識技能に関する試験又は検定の目的上必要と認められる限度において、当該試験又は検定の問題として複製し、又は公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあつては送信可能化を含む。次項において同じ。)を行うことができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該公衆送信の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
(略)
なお、過去問を公表する場合にこの規定は適用されませんので、利用対象となる著作物の著作権者や管理団体から改めて許諾を得る必要がある点に留意が必要です。
営利を目的としない上演等
著作権法38条1項は、以下のとおり、非営利かつ無償、無報酬であれば、上演、演奏、上映、口述できることを定めています。
(営利を目的としない上演等)
第三十八条 公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。
(略)
学校の授業で、他人の楽曲を演奏したり、文学作品を読み上げたり、美術品をスライド投影したりする場合、演奏等の行為自体が営利目的であったり有償ということはなく、また、教師も、演奏等について報酬を受けることはないため、この規定が適用されます。授業で、楽曲の演奏や文学作品の口述、美術作品の投影といったことができるのは、この規定があるからです。研究成果の発表においても、上述の要件を満たす場合にはこの規定が適用されます。
なお、この場合にも、利用する著作物により、出所の明示が必要になります。
引用
ここまでは、主に教育活動に関する著作権の制限について見てきましたが、研究活動については、研究活動を対象とした個別具体的な制限規定はなく、より一般的な制限規定によることになります。具体的には、学会発表等において上記の著作権法38条1項が適用される可能性があるほか、論文等において他人の著作物を引用する場合には、以下の著作権法32条1項が適用されます。
(引用)
第三十二条 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
(略)
他人の著作物を適法に引用して利用するためには、引用が公正な慣行に合致し、目的上正当な範囲内であることが求められます。また、いずれの要件に位置づけるかは議論があるものの、伝統的に、引用する側と引用される側の著作物が明瞭に区別され、かつ、両者間に主従関係があることが求められています。例えば、論文で他人の論文を引用する場合には、括弧書きなどの形式で引用し、それを批判したり、サポートに用いたりするなど、内容的に自己の論説が主役であることが必要になります。
なお、引用の場合にも出所の明示が必要になりますが、上に見てきた例とは異なり、引用においては、「出所を明示する慣行があるとき」との限定がなく、より広い義務として規定されています(著作権法48条1項1号)。
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(文責・飯島)