学校と著作権法 (1) – 著作権制度の趣旨と基本概念
投稿日 : 2024年12月27日|最終更新日時 : 2024年12月27日| 飯島 歩
教育活動や研究活動の中では、様々な著作物が生まれ、また、様々な著作物を利用することになります。また、著作物に関与する人々も、教員や研究者、 生徒、職員など様々で、利用形態も多岐にわたります。そのため、学校が教育機関、研究機関として活動をしていく中では、潜在的に多種多様な著作権の問題が生じることになり、最近では、それが表面化し、報道されることもあります。本シリーズでは、著作権制度のうち、学校に関わる方々が知っておくべき事項を整理していきます。
第1回となる本稿では、著作権制度の趣旨と学校の関係に触れた後、著作物や著作者といった基本的な概念を説明します。
概要
- 著作権制度は、著作物にかかる利益を確保したい創作者と、著作物を利用したい利用者の間の緊張関係を前提に、創作者はどのような場合にその権利を行使でき、利用者はどのような場合に適法に著作物を利用できるのかを定める準則である。
- 「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義され、絵画や彫刻などの美術品や音楽や映画、小説といったコンテンツ、図表や地図などのほか、コンピュータ・プログラムのような実用品もこれに該当するため、学校における様々な活動に関連するものになっている。
- 著作物を創作した者は著作権法上「著作者」と呼ばれ、原則は個人であるものの、物理的な創作を行った者の使用者が著作者となる「職務著作」については、法人が著作者になることもある。
- 著作者は、著作権と著作者人格権を有し、その内容は著作権法に個別具体的に規定されている。
- 著作物が共同で創作されたときは、創作者らが著作権を共有し、各創作者は、他の創作者の同意がなければ著作物を利用することができない。
- 著作権の存続期間は、著作者が個人の場合にはその死後70年、法人の場合には公表から70年が原則となっており、同世代の著作物については、著作権が存続していることを前提に考える必要がある。
解説
著作権制度と学校
著作権法は、著作物の創作者の利益を保護することにより、文化の発展に寄与することを目的とする制度ですが、ここにいう創作者の利益の保護とは、著作物の利用について創作者に権利を与えることにより、他者による利用を制限したり、利用から経済的利益を得られるようにしたりすることを意味します。他方、文化の発展のためには、著作物の公正な利用が認められることも重要で、著作権法1条は、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ」著作者の権利保護を図るものとしています。この意味において、著作権制度は、創作者と利用者の利益の緊張関係を前提に、創作者はどのような場合にその権利を行使でき、利用者はどのような場合に適法に著作物を利用できるのかを定める準則であるといえます。
学校においては、様々な創作活動が行われ、多くの著作物が生み出されます。また、学校における各種活動は、他人の著作物の利用なしには成り立ちません。美術や音楽といった教科を学ぶ際に、先人の著作物に接しながら知見を得ることはもちろん、あらゆる科目で用いられる教科書や参考書、問題集もまた著作物です。文化祭の演劇に用いる脚本も著作物です。この意味において、学校は、創作者と利用者の間の緊張関係が顕在化しやすい場所、つまり、著作権をめぐる問題が生じやすい場所であるといえるでしょう。
著作物とは
著作権法が取り扱うのは、「著作物」です。一口に著作物といっても、絵画や彫刻などの美術品もあれば、音楽や映画といった作品もあります。小説や詩歌、舞踊なども著作物ですし、あまり芸術的性格のない図表や地図なども著作物になり得ます。最近の法制度では、コンピュータ・プログラムのような純然たる実用品も著作物とされています。
具体的には、我が国の著作権法は、著作物に該当し得るものを、以下のとおり例示しています(著作権法10条1項)。
(著作物の例示)
第十条 この法律にいう著作物を例示すると、おおむね次のとおりである。
一 小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物
二 音楽の著作物
三 舞踊又は無言劇の著作物
四 絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物
五 建築の著作物
六 地図又は学術的な性質を有する図面、図表、模型その他の図形の著作物
七 映画の著作物
八 写真の著作物
九 プログラムの著作物
(略)
美術品からコンピュータ・プログラムまで、多様なものが含まれる著作物ですが、これらを包摂する概念として、著作権法は、以下のとおり、「著作物」を、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義しています(著作権法2条1項1号)。
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
(略)
この定義の中で、最も基本的なキーワードとなるのは、「表現」です。小説も、音楽も、舞踊も、美術も、建築も、図形も、映画も、写真も、プログラムも、いずれも「表現」であることは共通しています。著作物とは、表現物なのです。
また、表現であれば何でも著作物になるかというと、そういうわけではなく、「創作的」であること、つまり「創作性」が求められます。例えば、「明日の関東地方の天気は雪でしょう」という表現は、事実を客観的に表現したもので、そこに創作性はありません。他方、川端康成の名作に現れる「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」といった表現は、創作性あふれるものといえます。
創作性は、著作権法の解釈における最頻出論点のひとつですが、その意味するところは、表現を生み出す人の個性の発露であり、最近は、創作性の有無を判断するにあたり、しばしば「選択の幅」という考え方が用いられます。例えば、明日の関東地方の天気が雪であることを表現するのに「明日の関東地方の天気は雪でしょう」といった表現以外にはほとんど選択肢がなく、そこに個性の発露の余地はありません。これに対し、雪国の情景を表すには様々な態様があり、その「選択の幅」の中から、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という表現を選択することには個性の発露があると考えられるわけです。
以上のほか、著作物の定義に現れる「思想又は感情」や「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」といった要素を巡っても議論はありますが、まずは、著作物の本質は、「創作的」な「表現」であることにある、と理解しておくことが重要です。
著作者とは
著作物と並ぶ著作権法上の基本的な概念に、「著作者」があります。この著作者について、著作権法は、以下のとおり、「著作物を創作する者」と定義しています(著作権法2条1項2号)。
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(略)
二 著作者 著作物を創作する者をいう。
(略)
小説であれば小説を書いた人、音楽であれば作曲した人、といったように、単独で生み出されることの多い著作物については、誰が著作者かが大きな問題になることはあまりありません。他方、映画などのように多くの人の共同作業で生み出される著作物や、職場において従業者が職務上創作する著作物については、誰が著作者かが分かりにくい場合があります。
特に、学校においては、著作物が職務上創作されることが多々あるところ、著作権法15条1項は、以下のとおり、使用者の発意に基づいて従業者が職務上創作した著作物で、使用者の名義で公表するものは、原則として使用者が著作者となると定めています。つまり、学校で創作される著作物がこの条件を満たすときは、具体的に手を動かした人ではなく、学校が著作者となるわけです。
(職務上作成する著作物の著作者)
第十五条 法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。
(略)また、職務上作成される著作物がプログラムの場合には、公表名義を問わず、使用者の発意に基づいて職務上作成されるものであることだけを要件として、使用者が著作者となります。
(職務上作成する著作物の著作者)
第十五条 (略)
2 法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成するプログラムの著作物の著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。
ここで紹介した著作権法15条各項に該当する著作物は、一般に「職務著作」と呼ばれます。
なお、特許法は、著作権法と同じく人間による創作を保護する制度ですが、特許法上の創作者である発明者は、現に発明行為をした個人とされ、法人が発明者になることはできません。両制度は、この点において大きく異なっています。
著作者の権利
著作権法17条1項は、以下のとおり、著作者が「著作者人格権」と「著作権」という2種類の権利を享有することを定めています。
(著作者の権利)
第十七条 著作者は、次条第一項、第十九条第一項及び第二十条第一項に規定する権利(以下「著作者人格権」という。)並びに第二十一条から第二十八条までに規定する権利(以下「著作権」という。)を享有する。
(略)
著作権と著作者人格権の基本的な相違は、財産権か人格権か、つまり、著作者の経済的利益を守るものか、精神的利益を守るものか、というところにあります。著作権は、著作物の経済的利用をめぐる利益を保護するのに対し、著作者人格権は、著作物を巡る著作者の精神的利益を守るものなのです。
両者を比較すると、著作権は、財産権ですので、譲渡や相続によって移転することが可能です。そのため、著作者と著作「権」者は、常に同一とは限りません。他方、著作者人格権は、著作者の人格に結びついた権利ですので、譲渡も相続もできません。そのため、著作者人格権の権利者は、常に著作者であることになります。このように、著作権は移転する可能性があるのに対し、著作者人格権は著作者に固定されることから、著作権が移転されたときには、これらの権利が別の主体に帰属することになります。
これを実務的観点からみると、利用を希望する著作物について、著作権者との関係で権利のクリアランスができたとしても、実は、その著作権者は著作者ではない可能性があり、その場合、著作者人格権との関係でも適法に著作物を利用するためには、想定される利用態様により、別途著作者との間でも権利処理を行う必要があり得る、ということを意味します。
実務では、著作権と著作者人格権の処理について記載した契約書の雛形が用意されていることも多いと思いますが、その雛形を用いた契約を著作権者との間で締結したとしても、著作者人格権の処理はできていない、ということがあり得るのです。この点は、著作物の利用にあたり、ぜひ意識しておきたいところです。
著作権とは
権利の束としての著作権
上に紹介したとおり、著作権法17条1項は、著作権を、「(著作権法)第二十一条から第二十八条までに規定する権利」と定義しています。著作権法21条から28条までの条項には、複製、譲渡、公衆送信など、著作物の利用行為態様が条文に分けて列挙されており、著作者は、そういった利用行為をする権利を「専有する」、つまり、各利用行為は、著作者の許諾なしに他人が行うことはできないものとされています。
例えば、「複製」という行為については、以下の著作権法21条において、著作者がその権利を専有するものとされています。
(複製権)
第二十一条 著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。
著作者が「著作物を複製する」権利を「専有」する結果、他の人は、著作者に無断で著作物を複製することはできなくなり、万が一無断で複製が行われた場合には、。これが著作権の基本的な構造です。
このように、個別の行為ごとに権利が規定されていることは、「著作権」という単一の権利があるわけではなく、各規定に書かれた利用行為ごとに1つの権利がある、ということを意味します(各利用行為は「法定利用行為」と呼ばれ、それに結びつけられた権利は「支分権」と呼ばれます。)。著作権というのは、そういった権利の集合体に位置づけられるのです(「権利の束」といった呼ばれ方をすることがあります。)。
法定利用行為の内容
著作権が、著作権法21条以下に定められた各行為についての専有権だとすると、著作物の利用を考える上では、各行為の意味を正確に理解する必要がありますが、その意味は、多くの場合、著作権法2条に定義されています。例えば、「複製」については、著作権法2条1項15号が以下のとおり定義しています。
(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(略)
十五 複製 印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいい、次に掲げるものについては、それぞれ次に掲げる行為を含むものとする。
イ 脚本その他これに類する演劇用の著作物 当該著作物の上演、放送又は有線放送を録音し、又は録画すること。
ロ 建築の著作物 建築に関する図面に従つて建築物を完成すること。
(略)
このように、著作権を構成する権利の内容を把握する際には、著作権法21条から28条までの規定に加え、適宜同法2条の定義規定を参照することになります。
著作者人格権とは
著作者人格権は、著作物について著作者が有する人格的利益を対象とする権利です。著作権法17条1項は、著作者人格権を、「次条第一項、第十九条第一項及び第二十条第一項に規定する権利」と定義しているところ、これに該当するのは、著作物の公表に関する決定権である「公表権」(著作権法18条1項)、著作者の氏名表示に関する決定権である「氏名表示権」(同法19条1項)、著作物の同一性保持に関する「同一性保持権」(同法20条1項)の3つです。
もっとも、これら3つの権利以外にも、著作者の名誉や声望を害する態様で著作物が利用されない権利である「名誉声望保持権」(同法113条11項)も、著作者人格権を構成するものと整理されるのが一般で、さらには、著作物に修正増減を加える権利である「修正増減権」(同法84条)も著作者人格権の一部とされることがあります。
これらの権利は著作者に一身専属的に帰属する人格権ですので、譲渡やライセンスの対象にはなりません。また、著作者人格権の放棄の有効性については、伝統的に議論のあるところです。そのため、著作物の利用許諾契約などにおいて著作者人格権についてクリアランスをする際には、実務上、を約定することがよく行われます。
著作権の共有と利用
一体の著作物が共同で制作された場合や、著作権の一部持分が譲渡された場合には、著作権は、複数の権利者に共有されることになります。共有著作権について、著作権法65条2項は、「その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない」と定めており、各共有者は、、また、利用許諾等も共有者の同意が必要になります。
つまり、著作物の利用という観点から見た場合、著作権の共有持分を取得したり、共有者の一部から利用許諾を得たりしただけでは足りないことになります。特許法や商標法といった他の法律も、ライセンスについては共有者の同意を求めているものの、自ら発明を実施したり、商標を使用したりする上では、他の共有者の同意までは求められないため、この点は、著作権に固有の留意点といえます。
権利侵害に対する救済
著作権や著作者人格権の侵害があった場合、法的救済として、侵害行為の差止や損害賠償の請求が認められます。差止請求の具体的内容としては、侵害行為の停止や予防のほか、侵害品の廃棄など、侵害行為の停止や予防に必要な措置が認められることがあります(著作権法112条)。また、損害賠償請求については、損害額の立証軽減のため、損害の計算方法が法定されています(同法114条等)。
さらに、著作者人格権の侵害があった場合には、著作者の名誉や声望を回復するための措置を請求することも認められています(著作権法115条)。
保護期間
著作権は、保護期間の制限があります。もっとも、その期間は、特許権や意匠権と比較すると非常に長く、著作者が個人の場合にはその死後70年、法人の場合には公表から70年が原則となっています。
著作物を利用する立場からすると、同世代に属する著作物について、存命中に著作権の保護期間が満了するということは通常なく、いわゆる古典に属するものでなければ、著作権のクリアランスが必要になると考えておいた方が良いでしょう。
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(文責・飯島)