職務発明規程整備の基礎知識 (8) – 退職者・死亡者の取扱い
投稿日 : 2024年2月22日|最終更新日時 : 2024年2月22日| 村上 友紀
発明者が報償金の全てを受け取る前に退職することや死亡することがありますが、そのような場合に、多くの会社が、報償金を支払うため退職者や死亡者の遺族を追跡するのに苦労しています。
報償金の額が大きければ、退職者や、場合によっては遺族からも、会社に連絡があり得ますが、小額の場合にはそれも期待できないため、知的財産部等の担当部署は、しばしば、わずかの額の報償金の支払いのために大きな労力を強いられることになります。
ここでは、死亡や退職という事象が生じた場合における報償金の取扱いに関する規定について説明します。
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退職者・死亡者をめぐる問題
発明に対する報償金は、発明完成から多かれ少なかれ時間が経ってから支払われるものですので、その間に発明者が退職したり、あるいは死亡したりすることもあり得ます。特に、実績報償金については、制度設計や権利内容によるものの、発明取得時から20年後まで発生することもありますので、一定の頻度で発明者の退職や死亡といった事象が生じます。
このような場合に、会社が退職者や遺族に報償金を支払おうとしても、連絡が取れなくなったり、遺族を特定できなかったりする場合があります。特に、報償金の額が小さい場合には、退職者や遺族としても積極的に会社に連絡しようとはしないため、会社は、小額の報償金の支払いのために、不均衡な追跡負担を負うことになりがちです。
また、報償金が会計上未払金として計上された場合、その処理の問題も生じます。
職務発明規程を整備するにあたり、こういった問題にどのように対応するかも、現実的かつ深刻な課題となります。
退職者・死亡者(遺族)に報償金を支払わないものとする規定
上述のような問題を解消するために、発明者が退職・死亡した場合には報償金を支払わないといった規定を置く例が見られます。
しかし、相当の利益の請求権は、会社が発明を取得した時点で発生し、発明者が退職しても消滅せず、また、発明者が死亡しても、遺族に相続されるだけで、やはり消滅しないものと考えられています。
そのため、発明者が退職・死亡した場合に報償金を支払わないものとする規定は、一方的に発明者が有する債権を剝奪するものとして無効と解される恐れがあるため、望ましい制度とはいえないでしょう。
退職・死亡後に報償金が発生しにくい報償金体系の採用
特許法上、相当の利益の請求権は、会社が権利を取得したときに発生するものと解されており、多くの会社の職務発明規程では、発明完成時に発生することになります。そのため、発明完成から報償金の支払いまでのタイムラグが大きいほど、その間に発明者が退職したり、死亡したりといったことが生じやすくなります。
逆にいえば、発明完成後なるべく早い時期に報償金の支払いを終えるような制度とすれば、発明者の退職や死亡に伴う問題の発生機会を低減させることができます。
このような観点からは、届出報償金や出願報償金を軸にした報償金体系を構築することで、問題を最小化することも考えられます。
もっとも、どのような報償金体系を採用するかについては、それぞれのメリット・デメリットを考慮して検討する必要があります。詳細は、第5回「報償金の体系」をご参照ください。
報償金の一括支払い
発明者が退職する場合に、その後に支払債務が残らないようにするための方策として、退職後に発生する報償金を見込額等で一括払いする方法があります。職務発明ガイドラインにおいても、退職者に対する対応として、退職後も相当の利益を与え続ける方法のほか、特許登録時や退職時に相当の利益を一括して与える方法も可能であること、そして、退職者に対する意見の聴取について、退職後だけでなく、退職時に行うことも可能であることが記載されています。同様に、死亡者についても、遺族に対して支払いをすることは考えられるでしょう。
この方法によれば、後の追跡負担をなくしてしまうことが可能になります。
一括払いについては、支払額の評価をどうするか、という問題があります。実績報償金を採用している場合には、基準の設定に工夫を要することが多いでしょう。不満のない制度づくりという観点からは、一定の評価基準を設けつつ、退職者において、退職時一括払いとするか、退職後も在職時同様に実績報償金を都度支払っていくこととするかを退職時に選択させることも考えられます。
なお、職務発明規程において、退職時に一括払いにするといった改訂をする場合に、すでに報償金の発生した発明者に遡及適用させたいときには、各発明者と個別の同意が必要です。詳細は、第9回「職務発明規程の導入・改訂の手続」をご参照ください。
相続人の調査
発明者が死亡した場合に遺族に報償金を支払おうとすると、誰が相続人かを特定する必要があります。これを都度会社が行うのは現実的でないため、基本的には、遺族から戸籍謄本等相続関係を示す資料の提供を受けて確認することになるでしょう。在職中の死亡の場合には、退職金の支払い等を目的として人事部門がそういった資料の確認を行うことになることも多いため、連携を図ることが考えられます。
なお、報償金の額がごく小額である場合に、相続人の確認を行う手間を省くため、配偶者といった相続人らの代表者から念書を得て、全額を支払う、という実務も見られます。法的には二重払いのリスクが残るものの、現実的なリスクと事務負担のバランスを考えたとき、そのような選択もあり得るものと思われます。
以上は、職務発明規程に記載する必要があるとまではいえない事項ですが、報償金制度の運用において意識しておくことが必要です。
支払いの継続に伴う事務負担やリスクを軽減するための方策
一括払いを選択しない場合、退職者や死亡者の遺族への支払義務が残る事態が生じることは避けられませんが、報償金制度の運用に伴う事務負担を減らすためには、報償金の請求権が残る発明者について、退職後も、振込先銀行口座や住所の変更を会社に届け出る必要があることを規定上明記しておくことが考えられます。退職後にも、説明文書を交付するなどして念押しすることも有益と思われます。
また、届出がなく、連絡が取れない場合には、会社としてそれ以上積極的に追跡を行わないことを周知するとともに、退職時に伝えておくことも考えられます。
死亡者についても、遺族に対し、上記の説明をし、適宜連絡先の通知を受けられるようにしておくと良いでしょう。
なお、こういった対応をしても連絡が取れなくなった場合には、第7回「支払手続の整備」で説明したとおり、消滅時効が完成した段階で支払義務が消滅することになります。同記事で述べたとおり、消滅時効の起算点が明確になるような規定としておくと、消滅時期の管理をめぐる事務負担を軽減することができるでしょう。
また、退職者や死亡者の遺族と連絡が取れなくなった後、長い時間を経てから請求があった場合に、遅延損害金が発生していた、ということが生じないよう考えておくことも望まれます。具体的には、第7回「支払手続の整備」で説明したような規定づくりをしておくことが効果的です。
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(文責・村上)