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イノベンティア・コラム - 学校と著作権法 (8)

学校と著作権法 (8) – 学校教育における著作者人格権の問題

投稿日 : 2024年12月27日|最終更新日時 : 2024年12月27日| 溝上 武尊

学校教育において注意しなければならない権利は著作権に限られません。著作物には著作権とともに著作者人格権という権利が生じており、例えば教員が学生や生徒の文章に手を加えるという日常的な行為が著作者人格権(同一性保持権)侵害となってしまう可能性もあります。

本稿では、著作者人格権がどのような権利かについて解説したうえで、学校教育において著作者人格権が問題となる場面を紹介します。

概要

  • 「著作者の権利」には「著作権」と「著作者人格権」の2つがある。著作者人格権は著作者が自己の著作物に対して持つ「こだわり」を保護する権利であり、主な権利として、公表権、氏名表示権、同一性保持権の3つが認められている。
  • 差止めや損害賠償、刑事罰の対象になるという点では、著作者人格権侵害は著作権侵害と同じであり、大きな法的責任を伴う。
  • 著作者人格権は著作権と別個の権利であり、著作権侵害が成立しないからといって、著作者人格権侵害も成立しないとは限らない。著作権の制限規定によって著作者人格権は制限されないため、著作者人格権の各規定に個別に設けられている制限規定に照らして検討する必要がある。

解説

著作者人格権とは

小説や音楽といった著作物が創作されたとき、著作者はそれを複製して販売したり、インターネットで配信したりして、経済的な利益を得ることができます。このような著作物の経済的な側面を保護する権利が「著作権」であり、「著作者の権利」と聞いて多くの人がイメージするのはこの著作権でしょう。

しかし、「著作者の権利」にはもう1つ、著作権とは異なる権利があります。それが「著作者人格権」です。「人格権」とは、名誉やプライバシー、あるいは近隣関係や環境問題の文脈でよく登場する概念であり、人格や尊厳を保護する権利の総称です。著作者人格権もこのような人格権の一種であり、平たく言えば、著作者が自己の著作物に対して持つ「こだわり」を保護する権利です。我が国においては、主な著作者人格権として、以下の公表権、氏名表示権、同一性保持権が認められているほか、著作者の名誉や声望を害する態様で著作物が利用されない権利である名誉声望保持権(著作権法113条11項)も著作者人格権の一種と整理されています。

公表権

公表権は、「その著作物でまだ公表されていないもの……を公衆に提供し、又は提示する権利」であり(著作権法18条1項)、著作物を公表するかしないか、どのように公表するかを決定する権利です。

「公衆」とは、不特定の者のみならず、特定かつ多数の者を含むと定められています(著作権法2条5項)。「多数」が具体的に何人を指すかはケースバイケースで判断されますが、4~5人でも「多数」に当たるとする立場もあります。

裁判例としては、故・三島由紀夫の未公開の書簡を掲載した書籍の発行が公表権侵害に当たると判断したものがあります(東京高裁平成12年5月23日判決・平成11年(ネ)第5631号〔剣と寒紅事件〕)。

氏名表示権

氏名表示権は、「その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利」であり(著作権法19条1項)、著作物に著作者名を表示するかしないか、どのように表示するかを決定する権利です。「公衆」の意味については、前記のとおりです。

有名なTwitterリツイート事件では、画像に付された著作者名がTwitter(現・X)の仕様により一時的に表示されなくなることが氏名表示権侵害を構成すると判断されました(最高裁令和2年7月21日判決・平成30年(受)第1412号〔Twitterリツイート事件〕)。

同一性保持権

同一性保持権は、「その著作物及びその題号の同一性を保持する権利」であり、「その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けない」権利です(著作権法20条1項)。

形式的には著作者の意に反する一切の改変が対象となるため、実務上、著作者人格権の中で最も問題となりやすい権利です。裁判例においては、送り仮名の変更や読点の切除、中黒「・」の読点への変更、改行の省略が「改変」に当たるとされました(東京高判平成3年12月19日・平成2年(ネ)第4279号〔法政大学懸賞論文事件〕)。

著作者人格権を侵害するとどうなるか

他人の著作物の使用にあたり著作者名を無断で削除するなどして著作者人格権を侵害すると、侵害した者は、著作者から行為の差止めや損害賠償の請求(著作権法112条、民法709条)、あるいは名誉回復等の措置(著作者名の表示や謝罪広告・訂正広告)の請求(著作権法115条)を受ける可能性があります。また、著作者人格権侵害は刑事罰の対象でもあり、5年以下の懲役、500万円以下の罰金に処せられる可能性があります(著作権法119条2項1号)。

差止めや損害賠償、刑事罰の対象になるという点では、著作者人格権侵害は著作権侵害と同じであり、大きな法的責任を伴うものといえます。

著作権との関係

著作者人格権は著作権と別個の権利です。著作権侵害が成立しないからといって、著作者人格権侵害も成立しないとは限りません。

仮に著作権の観点からは著作権法35条等の権利制限規定(詳しくは「学校と著作権法 (2) – 著作権コンプライアンスの検討プロセスと著作権の制限」参照)により自由利用が認められる場合であっても、著作権の制限規定によって著作者人格権は制限されないため(著作権法50条)、著作者人格権の各規定に個別に設けられている制限規定に照らして検討する必要があります。例えば氏名表示権については、BGMとして音楽を利用する場合など、著作物の利用目的・態様に照らし「著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがない」と認められるときは、公正な慣行に反しない限り、著作者名を省略することができるとされています(著作権法19条3項)。また、同一性保持権については、著作物の性質や利用目的・態様に照らし「やむを得ない」と認められる改変には同一性保持権が及びません(著作権法20条2項4号)。

このように、学校教育において他人の著作物を使用するときは、著作権と著作者人格権それぞれの観点から問題がないかを検討する必要があります。

学校教育において著作者人格権が問題となる場面

以下では、学校教育において著作者人格権が問題となる場面をいくつか見ていきましょう。

公表権が問題となる場面

公表権は、他人の著作物を無断で公表しようとするときに問題となります。

例えば教員が生徒の作文をその生徒の承諾なくコピーしてクラス(通常の30~40人程度のクラスであれば「公衆」といえるでしょう)で配布する行為は、教員としての裁量権の行使という側面がある一方で、クラスへの配布があり得ることを予告していなかった場合には、生徒の公表権を侵害するおそれもあります。同様の問題は、大学教員が学生の未公表論文を無断で懸賞論文等に応募するような場合にも起こり得ます。

氏名表示権が問題となる場面

学校が著作権法上の例外(32条1項、35条1項、36条1項、38条1項等)に基づいて他人の著作物を利用するとき(詳しくは「学校と著作権法 (2) – 著作権コンプライアンスの検討プロセスと著作権の制限」参照)は、そもそも出所明示義務があることも多く(著作権法48条1項)、その義務を尽くしている限り、氏名表示権侵害が問題となる例は少ないものと思われます。

ただし、著作者名の非表示がウェブサイトの仕様により意図せず生じてしまう可能性には注意する必要があります。前記のとおり、Twitterリツイート事件では、画像に付された著作者名がTwitterの仕様により一時的に表示されなくなることについて氏名表示権侵害が認められました(最高裁令和2年7月21日判決・平成30年(受)第1412号〔Twitterリツイート事件〕)。学校のウェブサイトで他人が著作権を有する画像を利用するときは、オリジナル画像に付された著作者名がウェブサイト上で正しく表示されているかどうかをよく確認する必要があります。

他方、大学教員や学生が論文を他人と共同で執筆する際には、共同執筆者名の脱漏やその著作順位の変更が氏名表示権侵害をもたらすおそれがあります。裁判例においては、論文の学会誌への掲載にあたり共同執筆者の1人が著作順位を無断で変更したことについて氏名表示権侵害が認められました(東京地裁平成8年7月30日判決・平成5年(ワ)第16153号〔経営システム科学論文事件〕)。

同一性保持権が問題となる場面

同一性保持権は、他人の著作物を改変して使用しようとするときに問題となります。

例えば学校が定期試験や実力試験といった学内試験の問題を作成する際に、著名な小説等の文章を利用し、その一部を空白にして「虫食い問題」を作成することがあります。著作権の観点からは、試験問題としての複製は著作権法36条1項により許容されていますが、学内試験の問題作成は著作権法35条1項の「授業の過程」に含まれるとして同項により適法に行うこともできます(詳しくは「学校と著作権法 (5) – 試験における著作物の利用」参照)。そして、著作権法35条1項の適用場面では、他人の著作物を改変して別の著作物を創作すること(翻案)も認められます(著作権法47条の6第1項1号)。このように著作権の観点から改変が広く許容されている以上、少なくとも学内試験においては、同一性保持権の観点からも「やむを得ない改変」(著作権法20条2項4号)といえる場合が少なくないと思われます。それ以外の場面においては、事案に応じて同一性保持権の問題を検討する必要があります。

教員が生徒の文章に手を加えるという場面でも同一性保持権が問題となり得ます。例えば文集に掲載する作文について教員が内容の修正や削除を指導することは、教員としての裁量権の範囲内であると考えられます。しかし、生徒の同意を得ることなく修正や削除を行い、生徒の作文として文集に掲載することは同一性保持権を侵害するものと判断されるおそれがあります。裁判例としては、著作者人格権が正面から争われたものではありませんが、教師が生徒の作文を無断で削除・修正し文集に掲載した行為が教師としての裁量権を逸脱し、生徒の人格権を侵害すると判断した判決があります(大阪地裁平成13年7月25日判決・平成11年(ワ)第6740号〔文集「おとなの中学生」事件〕)。また、前記のとおり、読点の切除等であっても裁判例上は「改変」に当たるとされており(東京高判平成3年12月19日・平成2年(ネ)第4279号〔法政大学懸賞論文事件〕)、些細と思われる修正であっても、同一性保持権の観点からは、生徒の意向を十分に確認する必要があります。

また、大学教員や学生が論文を執筆する中で他の論文等を引用する場面でも同一性保持権が問題となることがあります。他人の文章の原文を一部残しつつ要約して引用する場合については、著作権の観点から引用の要件を満たすかという論点がありますが(詳しくは「学校と著作権法 (7) – 研究活動での利用」参照)、同一性保持権の観点からは、引用の要件を満たす場合には「やむを得ない改変」(著作権法20条2項4号)に該当すると判断した裁判例もあります(東京地裁平成10年10月30日判決・平成7年(ワ)第6920号〔「血液型と性格」事件〕)。引用の際に丸で囲んだり線を引いたりすることについては、もとの内容を完全に認識することができ、加筆が引用者であることが明らかである場合にそもそも「改変」に当たらないとして同一性保持権侵害を否定した裁判例があります(東京地裁平成11年8月31日判決・平成9年(ワ)第27869号〔「脱ゴーマニズム宣言」事件〕)。

誰から同意を得るべきか

著作者人格権は、著作権と異なって譲渡することができないため(著作権法59条)、常に著作者が有しています。そのため、制限規定で正当化することのできない改変等について同意を得ようとする場合において、もし著作権が譲渡されていれば、著作権者とは別に、著作者からも同意(著作者人格権不行使の合意)を得る必要があります。

また、著作者の死亡後においても、著作者が存命であればその著作者人格権の侵害となるべき行為は原則として禁止されています(著作権法60条)。この規定に抵触する行為については、著作者の遺族(死亡した著作者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹)又は著作者から遺言により指定を受けた者から同意を得る必要があります(著作権法116条参照)。 

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(文責・溝上)

 


 

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